ポストコロナという時代に、いや、「ポストコロナだからこそ」というべきか、“攻め”の姿勢でこの苦境を乗り越えていく若手の料理人たちがいる。
例えば、東京・代々木上原のフレンチレストラン「sio(シオ)」を率いる鳥羽周作さん。本誌2月号の特集「ロックダウン時代の賢者」のひとりとして取材され、1本1000円のバインミー(ベトナムサンドイッチ)から1万円超えの高級弁当までを販売、同時に店の看板料理やコンビニ商品のアレンジメニューを家庭で作れるレシピとしてツイートし(#おうちでsio)、ファンや常連客を増やしたと語っている。だが、今年に入って緊急事態宣言が再発令。営業時間の短縮を余儀なくされ、次の一手として営業を「朝9時~12時」「昼13時~16時」「夜17時~20時」の3部制とした。嘆いていても始まらない。できることは何か?鳥羽さんの頭は常にフル回転だ。
出会いは、sioと店名が変わる前の「Gris(グリ)」のころだから、2017年だろうか。27歳でJFL所属のサッカー選手を引退し、小学校の先生を経て32歳で料理を始めたという異色の経歴は、彼の「若手を育てたい」「料理の業界を変えていきたい」とうい勇猛果敢な姿勢とも大いに関係があると思う。
ある日のこと、鳥羽さんに「今日の料理はいかがでしたか?」と訊かれた。感動のリアリティを出すため、「本当に素晴らしかったけれど、あえて言うなら、メインの豚の付け合わせのキャベツの塩がもうちょっとだけ弱いほうが、自分は好きです」と正直に伝えると、鳥羽さんは嫌な顔ひとつせずに礼を述べ、帰りしなにこうささやいた。「実はうちの厨房ではスタッフ全員に仕事をさせています。あのキャベツを担当したのは21歳の新人だったのですが、いま、厨房で泣いています」
見れば確かにK君という男の子が目を真っ赤に腫らしながら、悔し涙を流している。自らの仕事に自信と誇りがある証だろうし、それがわかっているから鳥羽さんは一客の正直な感想を彼に伝えたのだろう。僕は再度Grisを訪れ、K君に励ましの手紙を渡した。ミシェル・ブラスの小さな包丁を添えて。
それから3年。K君の現在を教えてくれたのは、これまた異端児、京都。東山の「LURRA゜(ルーラ)」でゼネラルマネージャーを務める宮下拓己さんだ。宮下さんによれば、K君は東京・恵比寿の「TACUBO(タクボ)」の厨房で働いており、近々その店が新しい業態で出す店のシェフに抜擢されるとか。自分が応援している若い才能が活躍するのは、本当に嬉しいものだ。