後進の幸福のために
昨年末の「Forbes JAPAN 30 UNDER 30 JAPAN 2020」にも選出された宮下さんと初めて会ったのは、彼が2019年6月にルーラを立ち上げるよりも前のこと。僕が「企画」を生業としていると知り、店の事業計画書を見ていただけないかと送ってきた。まずはその分厚さに驚いた。従業員数、アルバイト数、資本金、予想単価、食材や酒の取引先だけでなく、経営理念や労働環境の改善などが事細かに書かれている。28歳の若さでこれだけのものを作成できるのはすごいなと感心する一方で、「こんな予想通りにうまくいくのだろうか?」という疑念も少なからずあった。
ところが蓋を開けたら大繁盛、ミシュランの一ツ星を獲得し、コロナ禍のいまも満席だと聞く。人並み以上のクオリティと情熱があれば、理想は必ず達成できるのだ、と僕は心から感動した。しかもルーラは、立ち上げた3人――デンマークの名店「noma(ノーマ)」出身のシェフ、10代から海外のバーで経験を積んだバーテンダー、宮下さん――もホールスタッフもみんな仲がいい。味や空間もさることながら、働く彼らの人柄が、客を惹きつけてやまない。若いときにこんなに情熱のある仲間と仕事ができて幸せだろうな、俺もまだまだ頑張ろう、と感じさせられるのだ。
料理人にとっても、僕のような企画を生業とする者にとっても、いちばんは「お客様の幸福」だ。しかし同時に願うべきは、「同じ場で働く若手の幸福」―。
鳥羽さんは、厳しく当たることもなく、指示を出しすぎることもなく、彼らを信じて仕事を任せている。宮下さんは「どこの業種も同じですけど、いちばん下の子が笑顔でいられる職場がいいだろうと僕は思う」と言い、ピリピリしない現場を意識してつくっている。そのような彼らの存在は、これから料理界に入ってくる人たちにとっての“灯台”となるに違いない。
今月の一皿
浅草「ふぐ 牧野」の冬の風物詩、「蟹大根鍋」。上品な白味噌にバターを投入して、コクと香りを出すのがポイント。
Blank
都内某所、50人限定の会員制ビストロ「blank」。筆者にとっては「緩いジェントルマンズクラブ」のような、気が置けない仲間と集まる秘密基地。
小山薫堂◎1964年、熊本県生まれ。京都芸術大学副学長。放送作家・脚本家として『世界遺産』『料理の鉄人』『おくりびと』などを手がける。熊本県や京都市など地方創生の企画にも携わり、2025年大阪・関西万博ではテーマ事業プロデューサーを務める。