エールが語る「聴く」の重要性
櫻井 将エール代表取締役(以下、櫻井):状況に適したさまざまな「話し方」があるのと同様に、「耳の傾け方」にも種類があります。大きく分けると2つ。「聞く」と「聴く」です。
どう違うのか。おそらく、多くの人が日頃から自然にやっているのが前者の「聞く」でしょう。相手の話を黙って聞いていても、内心「それは賛成だ」とか「そんなことを言っているからダメなんだ」とか、ジャッジしている。時には相手をさえぎって、自分の意見を主張し始めることもある。
一方、後者の「聴く」は、反射的にジャッジすることを一度手放す在り方です。表面的な行動や思考の背景には必ず、その人の感情や価値観、信念、あるいは無意識の偏見などがあります。表面的行動や思考だけをとらえてジャッジすることなく、相手の肯定的な意図を受け止めようとする姿勢。これが「聴く」です。
両者は、どちらも必要なスキルです。ただ、「聴くこと」ができるようになると、組織内のコミュニケーションが円滑になり、結果的に生産性や効率性の向上にもつながっていくと思います。
篠田真貴子エール取締役(以下、篠田):個人の感情や価値観をビジネスの場にもち込むことは、生産性や効率性をむしろ低下させるのではないか、と疑問をもつ人もいるでしょう。でも、その思い込みは捨てたほうがいい。
いま、リーダー層にある40〜50代以上が育った時代には、社会のなかにも企業のなかにも、はっきりとしたヒエラルキーがありました。上から下へ、力の強いほうから弱いほうへと情報を流せばビジネスが回った。その仕組みのなかで「聴く」の優先順位は低くなりがちだったわけです。
しかし多くの企業はいま、激しい経営環境の変化にさらされ、過去の成功体験に基づく判断が通用しにくい状況に直面しています。コロナ禍はその象徴でしょう。リーダーは確たる「正解」がないなかで、進むべき道を決断していかなければなりません。
ここで「聴く」が効いてきます。メンバーのモチベーションも当事者意識も、自分の話をすることから始まります。一人ひとりの見聞きしたこと、感じていること、それに基づいて考えていることを存分に共有し合える場をつくり、そこに聴いてくれる人が必ずいること。これができていれば、リーダーにとって重要な役割である「決断」するための材料が増えることになります。
メンバーの側も十分に「聴かれた」実感があるので、結論が自分の思い描いた方向とまったく同じではなくても、納得感をもって受容できる。リーダーがトップダウンで独りよがりの決断を押し付ければ、組織の信頼関係は壊れてしまうでしょう。
櫻井:新しいアイデアは直感的なもので、パッとひらめいた時点では、論理的裏付けが追いついていないことも多々あります。「聞く」の感覚で、「それ、うまくいく根拠あるのか」などと詰められると、アイデアを場に出すこと自体に恐怖を感じてしまう。これは組織にとって損失ですよね。
「上意下達」は一見スピーディに映るかもしれない。でも、心理的安全性を脅かし、メンバーの能力や創造性、意欲を低下させる状況を招く可能性をはらんでいる。それがいまの経営環境では、効率的でも生産的でもないのではないか、ということです。
篠田:「聴く」が負担に感じる人は、「聴く=相手に従う」ではないことを自覚してほしい。私自身、過去に管理部門の部下から「本当は商品企画を担当してみたい」と打ち明けられたとき、「それをかなえてあげなければ」とプレッシャーを感じてしまったことがありました。でも、部下の気持ちを理解することと、それに同意するかどうかは分けて考えていいんです。
櫻井:「聴く」スキルを持っていると、「そうか、商品開発に行きたいんだね。そこのところ少し詳しく教えて」といったかたちで、相手の背景に迫っていけると思います。逆に部下のほうも、上司の判断に疑問があれば、糾弾するのではなく「もう少し考えを知りたいです」というコミュニケーションができる。
個々の違いを認め合い、生かし合う。これは、ダイバーシティ&インクルージョンの本質でもあります。
篠田:そこからイノベーションも生まれるわけです。異分野のアイデアをもつ者同士が顔を合わせても、自分の物差しで互いをジャッジし合うことに終始すれば、共有できる方向性を見いだせずに終わってしまう。SDGsもそう。利益を追求する企業活動と、環境や経済・社会の持続的発展は、従来は別の文脈に置かれていました。共存・融合させていく試みには困難が伴います。
でも、「聴き合い」ができれば、よって立つ文脈や価値観の違いを踏まえたうえで、新たな力を生み出していけるはず。「聴くこと」こそが、変革の方向性を見定め、実践していく鍵になるのです。
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