きっかけは、多治見市出身の読者が日本アニメーションに入社したことであった。この社員は、高校卒業まで地元多治見市で過ごしたあと関西の大学へ進学した。大阪の書店でコミックファン向けに無料で配られていた「やくも」を手にし、故郷の多治見市がリアルに描かれているストーリーに感動し読み続けていた。やがて就職で上京し「日本アニメーション」へ入社したことから、今回の企画提案につながった。
発行元プラネット本社入り口横に貼られた「やくも」のポスター
「やくも」の連載が始まったのはこの社員が中学生のとき。8年という連載期間がなければ企画案として脳裏に浮かばなかった可能性は高い。「我々が出会った時にまだ生きている作品であったこと、また長く続けていたことで33話のストーリーがあったことは企画を進める大きな材料になった」と、日本アニメーションの井上孝史部長も語るように、続けていたことでチャンスを掴んだ。
内容についても、「陶芸のアニメってないよね、陶芸×女子高生という組み合わせも面白いね」とニッチな部分に加え、「普通に販売されているコミックには、売れるための法則がある程度盛り込まれているが『やくも』はもともとの目的が観光誘致でつくられているため、地元愛あふれるテイストで溢れている。ここがまた他の作品と違った魅力を感じさせてくれた」と井上部長は話す。
多治見市が全面協力を即断
もう一つアニメ化決定の大きな理由のひとつに、行政の協力があった。日本アニメーションとしても、全国的な知名度の低い作品を扱うことに不安がなかったわけではない。
「普通アニメ化は、人気コミックだったりウェブであったり、知名度のある作品、次に小説など売れているもの。ある程度発行部数があるものがほとんどで、フリーコミックというのはないですね」と井上部長も語るように、通常のアニメ化にはヒットを後押しする裏付けが要る。
そこで井上部長は、行政の協力意思の確認に企画の段階で多治見市に訪れた。「こういった企画があるが、市として協力が得られるか」との問いに、古川雅典市長はその場で全面協力を約束したという。
「多治見市には、陶磁器を代表とする1300年の歴史があり様々な魅力で溢れている。衰退した陶磁器産業をもう一度活性化させようと、市全体で何年も前から様々な準備をしてきた。どう発信したら良いかと考えていたタイミングでの『やくならマグカップも』アニメ化の話。チャンスは逃さない、そのためにも即断即決です」と古川市長は即決の理由を語った。
美濃焼陶芸体験ができる虎渓窯(岐阜県多治見市)
「行政の全面協力は企画を進める上で安心材料のひとつになりました。このとき市長からの答えが『考えてから』であったら、また違った展開になっていた可能性もあります。力強い協力の返事はアニメ化を進める原動力となった」と井上部長は振り返る。