WiL創業者の伊佐山元はイノベーションを起こすためには本体ではなく、独立したかたちで拠点をつくるべきという「出島理論」を提唱していた。静岡新聞はこれに倣い本体ではなく、シリコンバレーを“出島”として新しいイノベーションを起こそうと決断し、シリコンバレー駐在員として奈良岡を派遣する。
ただ、「何かを学んでこい」というフワッとしたミッションで派遣された奈良岡は、いきなり大きな壁にぶち当たる。やりたいことを見つけられない。現地で出会う人々に「お前は何がやりたいんだ?」と問われ続け、カルチャーショックも重なり心がうつ状態になってしまう。
「果たして自分は何をやりたいんだと考え、自分を深く掘る作業を3カ月行いました。結果、私がたどり着いた答えは、『誰かの心を動かしたい』という根源的なものでした」(奈良岡)
以降、奈良岡は静岡新聞社員のマインドセットを変える仕組みをつくることに没頭していく。特に力を注いだのが前述のブートキャンプのカリキュラムづくりだった。変化を望まない社風を変えるためには、思考や行動原理を変えないといけない。
2018年8月、まずブートキャンプ第1期生として営業系の幹部社員が送り込まれた。2019年2月、社内公募から集められた第2期生の一人が萩原だった。
静岡新聞社のブートキャンプは、昼はシリコンバレー流のカリキュラムをこなし、夜は大石などを交えて酒を酌み交わし論議するというジャパニーズスタイルの二段構え。野心的な社員が多く参加した2期生のなかから、ある夜こんな声があがった。「俺たちもイノベーションリポートをつくりましょう!」
ニューヨーク・タイムズのイノベーションリポートは、社員有志10人が2014年に社内向けに出した調査レポートである。同社の問題点について内外500人あまりを取材し問題点を指摘したものだった。このリポートを契機にニューヨーク・タイムズはDXを大きく推し進めることになる。2020年4月にはデジタル購読者600万人を達成、DXの成功により新聞業界をリードする存在となった。
イノベーションリポートの話題が出たことにより酒席は盛り上がった。ブートキャンプでケーススタディとしたニューヨーク・タイムズの事例に多くの社員が刺激を受けていた。萩原が語る。
「彼らにできて、俺たちにできないということはないはずだ。自分たちで会社を変えて行こう、という半ばノリでした」
1週間シリコンバレーに滞在して、新しいサービスに触れたりスタートアップを訪れたり、「デザイン思考」を学ぶ。これまでに計107人の社員が参加。プログラムが終了すると、感謝の意として講師を胴上げすることも。
明らかになる現実のギャップ
ここから静岡新聞社のイノベーションリポート作成がスタートした。作成に携わったのはブートキャンプ卒業生たち。萩原とシリコンバレーの奈良岡が事務局として彼らをサポートした。
「まず社員200人をインタビューし、社外インタビューも行った。イノベーションリポートではうちの社員が思いこんでいることと、現実の『ギャップ』を明らかにすることが基本構造になっています」(奈良岡)
そこで明らかになったのがユーザーファーストを徹底できていない現実だった。
──社内で浮き彫りになった「最大の課題」に、静岡新聞はどう向き合ったのか? 続きは2月25日発売のForbes JAPAN4月号「全員、クリエイティブ」特集にてお読みいただけます。
写真上から大石剛、萩原諒、奈良岡将英