大人になるとはどういうことか? その意味を問う「15年後のラブソング」


恋人の態度にイラついたアニーがダンカン主宰のフォーラムに書いたある曲への辛口批評を、偶然にもタッカー本人が読んだことから、物語は大きく動き始める。

世間から姿を消して久しいタッカーが暮らすのは、アメリカ・ニュージャージー州の片田舎。“最後の元妻”の家のガレージに住まい雑用や育児にいそしむ姿に、かつてのスターの面影はない。美しかった容貌には、放逸な私生活がもたらした影が色濃く刻まれている。が、幼い息子ジャクソンに注ぐ眼差しは優しい。

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自分の曲に遠慮のない批評をしたアニーに興味を抱いたタッカーと、往年のスターらしからぬ彼の気さくな態度に誘われたアニー。2人の間で始まったメールのやりとりは、次第に親密度を増していく。

一方、ダンカンには大学で、新任の講師ジーナが接近してくる。

倦怠期を迎えているカップルそれぞれに新しい恋愛関係が生じるのは、ありふれた話である。だがドラマの焦点は、「2人が新しい関係を選ぶのか、いろいろあっても元鞘におさまるのか」だけではない。ダンカン、アニー、タッカーそれぞれの姿を通して浮かび上がってくるのは、大人になりきれない大人のリアルと、親になることの難しさだ。

現在、子供をもつことのハードルは以前より高くなっていると言われる。持たずに生きるという選択肢も当然ある。ダンカンとアニーはそういうカップルなのだが、ダンカンにはどこか自己中心的な側面が見える。

それは彼を支えているのが、青春の思い出であるロックスターへの圧倒的な憧憬、そして妄想だからだ。タッカーおたくであるダンカンのファンタジー世界では、彼は永遠に夢見る少年のままでいられる。「他者」のいない世界で生きているダンカンは、大人にならないことを選んだ大人と言えるだろう。

一方、タッカーは、大人になることから逃げ続けてきた大人である。若い日の失恋の痛手と恋人の出産からトラウマ的な衝撃を受けた彼は、その後さまざまな出会いと別れを繰り返してきたらしいことが、ジャクソンの異母姉リジーとの会話からうかがえる。彼もおそらく、何の責任も持たない自由な少年であることに固執する男だったのだろう。

だがそうした生き方を年を経て次第に顧みるに至り、最後の息子ジャクソンを育てながら、今やっと大人になろうともがいている。

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文=大野 左紀子

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