どこの世界にも、ライバルはいる。スポーツ界でいえば、サッカーのリオネル・メッシとクリスティアーノ・ロナウドやフィギュアスケートの浅田真央とキム・ヨナ。
ともに高みを目指し、同じ舞台でしのぎを削る両者の間には、常にヒリヒリとした関係性がある。そしてそこから、より強い力が生まれてきた。
霞ヶ関キャピタルにも、なるべくしてライバルになった二人がいる。同時期に、それぞれホテル関連企業から中途入社した伊藤晃平と嶋村直哉。彼らは、今、同社のホテル事業を支える中心人物だ。
取材に際し、二人は「ライバルって言われても、ね」と困ったような笑顔を見せていた。
入社からホテルオープンまでの約10ヵ月。この二人の間にあったのは、反発か共鳴か。霞ヶ関キャピタルのホテル事業立ち上げには、“競働”のストーリーがあった。
現場視点の伊藤と、経営視点の嶋村
霞ヶ関キャピタルは、「不動産コンサルティングxファンドマネジメント」という独自のビジネスモデルを持つ。手掛けるのは、社会貢献を軸とした自然エネルギー事業、保育園開発事業、脱フロン型物流施設開発事業など。2018年に株式上場を果たして以降、高い自己資本比率を維持し、目覚ましい成長を続けてきた。
その中で、地域創生やインバウンド効果を主眼としてスタートしたのが、二人の所属するホテル事業だ。
一人目の主人公である伊藤は、不動産賃貸業出身。企業内にて新事業発足に携わり、ホテル運営や数十棟のホテル、ゲストハウスの立ち上げを経験してきた。常に、ホテル現場、運営寄りの顧客視点を持つ人物だ。
一方、もう一人の主人公である嶋村は、大手不動産企業にて大規模物件のプロパティマネジメント経験や、ベンチャー系ホテル運営企業での営業経験の持ち主。コスト感覚に鋭く、経営寄りの俯瞰視点を持っていた。
先に入社した伊藤は、ホテルビジネス経験者である嶋村の参画を心待ちにしていた。やることは山積みで、さらに時間もない。嶋村の入社を見込んで、タスクを洗い出し、どう分担していくか計画を立てた。
満を持して入社した嶋村が目にしたのは、待ったなしのタスクリスト。入社初日から伊藤の打ち合わせにすべて同席し、走りながら現状を把握していった。
まず二人が手掛けたのは、ホテルブランド作りだ。幾つものホテルをオープンしていくにあたり、スムーズな運営、集客のためにブランド化は必要不可欠。そこで誕生したのが、家族やグループでの旅行客をターゲットにした「FAV HOTEL」ブランドだった。
1部屋に4〜6人で宿泊ができ、キッチンや洗濯機なども完備、長期滞在も可能な部屋を持つホテルは日本では希少と言える。広々としたスタイリッシュな部屋は、価格もリーズナブルだ。
「人件費などコストを抑え、宿泊費を低く設定すれば、お客さまがいつもより気軽に周辺地域での買い物や食事を楽しむことができます。ホテルを拠点として、地域の風土や文化、食を楽しみ、またここに来たいという気持ちを醸成したいというのが、私たちの思いです」(伊藤)
「いいホテルにしたい」、伊藤や嶋村をはじめとするチームメンバー全員が、そう思っていた。しかし、その思いは次第にすれ違っていく。
FAV TAKAMATSUの客室
目も合わせない二人が、研ぎ澄まし合う関係へ
「入社して数カ月後には、ホテルチームはいつもピリピリしてるって、周囲から言われていましたね(笑)」(嶋村)
お互いにそれぞれの経験をリスペクトしながらも、どうも意見がかみ合わない。くしくも、入社して早々に新型コロナウイルスが流行。その対策としてリモートワークへ移行したことが、二人の関係性を悪化させた。
リモート会議で必要事項を話し合い、それぞれの分担をこなしていても、なぜか重複部分が出てくる。「ここもやっておいたほうが、スムーズに進むだろう」という行動が、「他分野への口出し」に見えて、裏目に出てしまう。誰しも、そういった経験があるのではないだろうか。
「目を合わせるのも嫌になって、リモート会議も必要事項だけ話せばブツリと切るような関係でした(笑)」(伊藤)
それが笑い話にできるようになったのは、たわいもない会話をしてみたことがきっかけだった。このままではダメだと、嶋村が、腹を割って話す機会を持とうと提案したのだ。
「仕事やプライベートの話などもしていくうちに、だんだんと人となりが見えてきて。どんな考えを持っているのかを知れば、やっぱり目指す場所は一緒だったんですよね」(嶋村)
相手の考えを理解することで、アプローチの仕方は違っていても、ともに「いいホテル」を目指していることが分かった。それならばと、お互いの意見に耳を傾け、意見をぶつけ合いながら結論を出すようになったのだと伊藤は言う。
「でも、絶対最初に口を開いたのは僕ですよ(笑)」という嶋村に、伊藤は伏し目がちに「そうかもね(笑)」と答えた。
信頼できる相手を手に入れた、ライバル同士の成長
次第にチーム力が高まり、ホテルオープンに向けて順調に仕事が進み始めたころ、二人はそれぞれ、ほぼ同時期にオープンするホテルのメイン担当を任された。分かりやすく比較されやすいポジションを与えられる。
またも関係性が悪化しそうに思えるが、それは杞憂だった。
「メイン担当が決まったことで責任が明確化し、お互いの意見を聞いたり、不具合がでればすぐに共有するなどのコミュニケーションがとれるようになりました」(伊藤)
例えば、現在ホテルの部屋に導入しているタブレットは、嶋村のアイデアだった。
「人件費やオぺレーションを考えれば、タブレットでお客さまの要望を拾うことが最適」と考える嶋村。しかし伊藤は「お客さまの問い合わせには、電話を使い、人と人とのコミュニケーションで対応した方がいい」という意見を持っていた。
ともに信念を持った主張だからこそ、真剣な話し合いが何度も重ねられた。そして、今回は総合的な判断によりタブレットを採用することになった。
意見をぶつけ合うことで、伊藤は「現場寄りの視点だけでは、ブランド力を持ったホテルを育てることが難しい」と気づいたという。嶋村もまた、「コスト面や経営面だけを重視していては、ホテルのファンづくりはできない」と感じていた。
「お互いを全くライバル視していないと言えば嘘になります。オープン後も、担当ホテルの稼働を、お互いさりげなくチェックしたりしてましたし。(笑)」(嶋村)
そう笑い合いつつ、現在は、また一緒にホテルへ導入する新サービスを検討しているのだと言う伊藤と嶋村。
「ホテル作りには終わりがない」
これは彼らが上司から受け継いだ言葉。より良いホテルを育てるために、環境、技術、社会情勢の変化などから、敏感にニーズをキャッチアップして常に取り入れていく。これを繰り返していく仕事なのだ。
その点で嶋村は「伊藤の情報収集力を頼りにしている」と言い、伊藤は「嶋村の企画力やプレゼンテーションする能力を頼りにしている」と言う。
お互いを意識しつつも、頼りになる存在、と口をそろえる二人。
自分にはない視点や能力をリスペクトし、高め合うライバルの姿がそこにあった。
“競働”の文化が生み出す、成長スピードと事業推進力
ライバルとは、自分自身の能力を高めてくれる存在になりうる。しかし、これが叶えられるかどうかは、その関係性次第だと言えるだろう。
冷え切ったライバル関係から生み出されるものは、少ない。
伊藤と嶋村の上司である、ホテル事業部長の蛭田清之氏は、二人の関係性をこう語る。
「長所を生かしあい、互いに学び合う彼らの関係性は、強固なチームづくりに大きく貢献してくれています。常に進化し、よりよいサービスを追求し続けなくてはならないのが、このホテル事業です。だからこそ、彼らの価値観のぶつかり合いが事業の成長にもつながっていくと、期待しています」
今後、FAV HOTELは「地域創生」における、さらなる価値向上を目指して、周辺地域との連携を深めたサービスを展開していく予定だという。まさに今、その新たなプロジェクトを伊藤、嶋村両氏が主導している。
信頼とリスペクトを持って競い合い、互いの成長意欲に働きかける、“競働”の関係性。
そこから、また新たにどのような企画が生まれるのか。
意欲的に新事業を立ち上げる霞ヶ関キャピタルの成長理由は、彼ら、若いメンバー同士が織りなす風土、文化にもあるのだと、強く感じた。