2025年に開催する大阪・関西万博のプロデューサーに就任した、建築家の建築家・藤本壮介、国内外で活躍する映画監督・河瀨直美、慶応義塾大学教授・宮田裕章。この3人が未来に大切にしたい価値とは何か。
コロナ禍が変化を加速させ、世界のさまざまな場所で分断が深刻化する現代。異なる個人が尊重され、豊かさが紡がれていく社会の基盤として、どのような「新 しい価値」が必要なのだろうか。データサイエンスを専門とする慶応義塾大学教授・宮田裕章、国内外で活躍するクリエーターである映画監督・河瀨直美、建築家・藤本壮介の3氏が語り合った。
宮田浩章(以下、宮田):新しい社会へのパラダイムシフトを語る上で、鍵になる考え方とは何か。私はそれを「Better Co-Being」という言葉で表現しています。
かつては「豊かさ」といえば、「物を所有すること」を指していました。ただ、時代は変わり、物質的な進歩や経済成長によってだけでは、社会を捉えることができなくなってきた。多様ないのちが輝くことこそが「新しい豊かさ」なのだということです。一方、今は一人ひとりの行動と世界がつながっているので、一人だけが「ご機嫌」でもその状態は続きません。つながりの中で、お互いがどう輝くかということが大切になってくる。
私はデータサイエンスを専門とする研究者なので、科学を使ってそんな世界を実現していくことを目指しています。お二人と分野は違うのですが、共鳴する部分が大きいと感じています。
河瀨直美(以下、河瀨):今まで映画を撮る中で大切にしてきたのは、まさに宮田さんの言うことに通じる価値観です。スポットを当ててきたのは常に、歴史の表舞台には立たないような人々の、日常的な営みでした。
「同じ」部分を見出す
後世に残る功績を上げる人、大きな権力を持つ人のストーリーというのは、観る人に「自分とはかけ離れたものを持っている人物だ」ということを印象付ける面があります。私はそれよりも、登場人物とのあいだに「同じだ」と思える部分を見いだしてもらいたい。一人の個人、一つの命を見つめていくことが、結果的にはスケールの大きな「人類」について思いを馳せることにもつながっていく。そう考えています。
宮田:最新作『朝が来る』でも、親子など非常に身近な人々との中にある大切な絆の輝きが、とても繊細に描かれていました。個人が世界と溶け合い、他者と響き合いながら生きていくとはどういうことか。言い換えれば「better co-being」とはいかなるものなのか。河瀨さんは、そんな普遍的なテーマを、僕たちの何気ない日常の中から大切にすくい上げて提示してくれるクリエーターだと感じます。