米オンラインコミュニティサイト「クレイグスリスト」は、インターネット黎明期の1990年代を思い起こさせる。アパートの空き室や中古家具の販売について知らせる短文の広告が、簡素なデザインの画面に羅列されているだけだからだ。
だが侮ることなかれ。クレイグスリストは昨年、クラシファイド広告を推定7億6000万ドルも売り上げている。同サイトの42%を所有する創業者のクレイグ・ニューマーク(67)の資産は、控え目に見積もっても10億ドルをくだらない。
そのニューマークが近年、積極的に寄付している領域がいくつかある。それが「ジャーナリズム」と「サイバーセキュリティ」の二つだ。2016年以降、ニューマークはこれらに1億7000万ドル以上も寄付してきた。
その中には、コンピュータ・セキュリティ関連の国際NPO団体「グローバル・サイバー・アライアンス」への100万ドル、NPO団体「ウィメン・イン・サイバーセキュリティ(WiCyS)」への15万ドル、オンラインメディア「プロパブリカ」への100万ドル、少女のための教育団体「ガールスカウト」のサイバーセキュリティ・プログラムの創設を目的とした25万ドルなどが含まれている。
この二つの領域に注力しているのは、ニューマークがメディアとインターネットが情報戦の“戦場”だと考えているからにほかならない。彼は、いずれも「国を防衛し、選挙を守る力がある」と語る。
「(米オレゴン州)ポートランドでの抗議デモと衝突は、歴史の暗部を思い起こさせます。これがロシアで起きた結果、プーチン大統領が誕生しています。1930年代のドイツでも起きているのです」
ニューマークは高校生のときに、健全なメディアの存在がまともな社会の根幹をなす、と学んだ。
「信頼に足るメディアが、民主主義の免疫機能の役割を果たすと教わりました」
皮肉なのは、ニューマークが“新聞・出版業界の仇”とされていることだ。クレイグスリストは、その安価な広告出稿料が人気となり、結果として紙媒体から広告収入を奪ってきた。当時はオークションサイト「eBay」などオンラインサイトは他にもあったが、新聞記者の標的になったのがクレイグスリストだった。
米メディア・アナリストのトーマス・ベクダルの調べによると、クレイグスリストが誕生する前から新聞の発行部数はすでに落ち始めていた。彼は「クレイグスリストが生まれなかった世界を想像したところで、今とたいして変わらなかったと思う」と話すが、いまだに根にもつジャーナリストもいる。
それでも、ニューマークは当面はジャーナリズムとサイバーセキュリティには寄付し続けるつもりだ。加えて野生動物の保護や、コロナ禍で閉店を余儀なくされたコメディ・クラブにも寄付したいと言う。
「おかしな例外があってもいいですよね」
クレイグ・ニューマーク◎「クレイグスリスト」創業者。彼はジャーナリズムに寄付を続ける理由の一つに、北大西洋条約機構(NATO)が出版した『ロシアの情報戦争ハンドブック』の存在を挙げる。マスメディアに偽情報を流し、国内グループの価値観対立を煽って分断を招き、政府を機能不全に陥らせる──。同書に「かなりの衝撃を受けた」と話す。