若き近藤社長も著名プロデューサーの訪問に驚き、以来、話をする間柄になったという。さて、内田氏は「どうして(c)表示をつけるという意識があったの?」と近藤社長に質問した。小規模の新進制作会社が著作権を取るのは稀だからだ。著作権を保有できたとしても、メインタイトルの下に名前が記されることは少ない。これは後述する業界の構造に起因する。
まず、アニメ業界の成り立ちについて、「商業アニメーションが発展しているのは、世界で日本とアメリカだけです」と、内田氏は言う。日米のみ産業として成り立つのはエコシステムがあるからだ。
コミックの文化をテレビ、ビデオといった映像ビジネスに発展させるだけでなく、玩具、文具、Tシャツ、ゲームなど他の産業を隣接させて「キャラクタービジネス」という巨大な市場を生み出した。CGが発達して映像制作の敷居が下がったとはいえ、日米以外でアニメが産業化しないのは産業を巻き込むエコシステムがないからだ。
(c)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
ただし、日米にも違いが生じてきた。アメリカはディズニーなどつくり手が巨大化したのに対して、日本の場合は出資者の力が増していった。ビデオメーカー、CMをもつテレビ局や配信会社がそうで、「出口」をもつ強みがある。また、原作がある場合は、出版社も著作権をもつ。アニメ産業が巨大化しても、原作もののアニメが増えると、制作会社は下請け構造の下部に位置づけられるようになり、著作権を得られることがない。自転車操業のような経営になりがちだ。
だから、夢を求めて制作会社に入っても、大手建設会社を頂点としたピラミッド構造の孫請けのそのまた孫請けのようななかで、前述したような賃金となる。
「内田さんたちの時代で一区切りついているんです。僕らが同じことをやっても、同じ夢は見られないのです」
近藤社長はそんなことを言ったという。「自社のことだけでなく、業界全体の海図をもつ視点を近藤社長はもっていた」と内田は言う。クオリティだけが高くても持続はできない。川上から川下を見渡し、さらに過去から現在にわたる業界の構造変化を見据えて、クオリティ、信用、そして著作権を勝ち取る交渉力を設立初期から築き上げる必要があったのだ。「鬼滅の刃」も信頼関係が厚いアニプレックスからの依頼であり、UFOは著作権者に入っている。
(c)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
思えば、日本の農業や製造業も高い技術をもちながら、川上よりも川下が強くなっていく流通構造のなかで利益が出にくい立場になっている。昨年来、話題の書『両利きの経営』(チャールズ・A.オライリー、マイケル・L.タッシュマン著)ふうに言えば、UFOは成長への「探索」とコア事業の「深化」を同時に行っていたとも言える。「鬼滅の刃」の大ヒットの裏で、日本の産業界のあるべき姿を見る思いがした。
発売中のForbes JAPAN 2021年2月号は「ロックダウン時代の賢者」と題して、『鬼滅の刃』以外にも苦境のなかでも未来につながるヒットの法則を特集している。ぜひご覧いただきたい。