同社は現在、AIが医療機関での「問診」を行い業務効率化するtoB向けサービス『AI問診ユビー』と、AIからの質問にスマホやPCで答えると気になる症状の適切な受診先や受診タイミングの案内を受けられるtoC向けサービス『AI受診相談ユビー』を提供。AIを軸に、医療データプラットフォームビジネスを構築し、あらゆる医療関連産業で事業領域を広げようとしている。
崇高な理念を掲げる企業は多いが、同社にはそれを実現する力とカルチャーが根付く。今回は事業開発担当 兵頭克也とプロダクトオーナー 松村直樹に、同社が描く合理的な事業戦略と、それを支えるバリューを聞いた。
SaaSは“序章”。見据えるのは、データプラットフォームの価値向上
あらかじめお伝えしておくと、同社が提供する『AI問診ユビー』や『AI受診相談ユビー』などのSaaSは、事業戦略の“序章”に過ぎない。
同社が見据えるのは医療の入り口となる「問診」を起点に、データプラットフォームの価値を最大化させること。そして、あらゆる医療関連産業へのビジネス展開が真の狙いだ。
「目指しているのは、誰も統合・収集したことがないデータを集めて、あらゆる医療関連領域をターゲットにしたビジネスの創出。『AI問診ユビー』や『AI受診相談ユビー』からデータを集め、患者さんの日常的な行動データや医師の問診データを組み合わせ、いかに価値を創造するかを考えています」(松村)
その実現に向けて核となるのが、以下3つのレバレッジ・ポイントだ。
1.データアセット・フローを高付加価値化する
例:慶應義塾大学や順天堂大学と共同で、医療現場の業務効率化や診療の質を向上させるプロダクトの磨き込みを行う。
2.新たなデータフローを生み出す
例:toBとtoCサービスを連携させ、患者と医療機関のUXをシームレスにつなげる。新型コロナウイルス感染リスクの低減に寄与。
3.既存のデータフローを加速する
例:大手医薬品卸と資本業務提携に併せて、営業スケール組織UAC(Ubie AI Consulting)を設立。
これにより『AI問診ユビー』の導入ペースは、本施策の実行前である2019年9月から、7倍に加速。今後はデータの面を拡大し、あらゆる医療関連産業の課題解決を目指すという。
「今は内科を初めて受診(診断)する患者さんの問診データを集めていますが、今後はデータの取得範囲を、整形外科、皮膚科、婦人科、小児科、精神科......と広げ、再診や経過観察といった問診回数も拡充したいと考えています。さらに、国内外の病院、診療所、在宅医療などのチャネルやユースケースを増やし、あらゆるデータを様々な医療現場に活用できる仕組みを作るつもりです」(兵頭)
事業開発担当 兵頭克也
100の議論よりまず実行。自律分散型組織を形成する「ロンロン」というバリュー
同社の凄みは極めて合理的な事業戦略だけではない。「100の議論よりまず実行」を起点とするロンロン(ローンチ&ローンチ)と呼ばれるバリューが、事業のスケールを加速させている。
「ゼロイチは何があるかわからない場所にトンネルを掘っていくような作業に近く、僕らのようなスタートアップでは議論より実行の方がはるかに重要。ロンロンにはそんな意味が込められています」(兵頭)
そんなバリューを体現する同社のエピソードを紹介しよう。
新型コロナウイルスの感染が国内でも広がり、医療機関や生活者が混乱に陥っていた2020年3月中旬。同社では社員たちが自発的に「今、自分たちに何ができるか」考え、社内Slackで議論を開始。
そこから僅か1ヶ月後の4月28日には、『AI受診相談ユビー新型コロナウイルス版』の無償提供を発表した。生活者はスマホから20前後の質問に回答するだけで、結果に応じた地域医療機関や救急車対応、厚生労働省の電話相談窓口への適切な受診行動を支援してもらえるようになったのだ。
「例えば、『最近、訪問アポが取れなくなってきた』『午前中の外来をやらない病院が増えて、一部でAI問診ユビーが使われなくなっている』という情報を、セールスやエンジニアなどあらゆる人がSlackに投稿してくれた。『いち早く対策を打とう』という雰囲気が生まれ、クイックなリリースにつながりました」(松村)
さらに、何度も現場に足を運び顧客の声をプロダクトに反映。丁寧なオンボーディングに象徴されるようなカスタマーサクセスも欠かさない。
「仮説は崩れることが多く、お客様のもとにいかに足繁く通い、ニーズを拾えるかが肝になる。吸い上げた要望を箇条書きのメモでもなんでもいいので、エンジニアに伝わるようにアウトプットする。走りながらレバレッジ・ポイントを見つけてアクセルを踏む。そんなスタイルを心がけています」(兵頭)
「カスタマーサクセスとして、病院に『AI問診ユビー』の導入が決まってから利用開始までの説明をする機会は多いのですが、分厚い資料での丁寧な説明を求められることもあれば、簡潔な概要説明だけを求められることもある。病院ごとにどのように資料をまとめるのか、誰を同席させるのか見極める必要があるので、都度のチューニングを心がけてきました。
また、ユーザーはどんなプロダクトを求めているか言語化できない場合も多い。『ここは良い、悪い』というフワッとした感想に対し、『なぜそう思ったのか』深掘りをして有益なフィードバックをもらうことを意識しています」(松村)
プロダクトオーナー 松村直樹
誰も手にしたことのないデータで、医療課題を解決したい
スタートアップ人材として泥臭く事業やプロダクト開発に奔走する二人だが、かつては大企業のコンサルタント。
松村は、新卒で野村総合研究所(NRI)に経営コンサルタントとして入社。4年半にわたり顧客の事業戦略立案から業務改革、DX、データサイエンティストなど様々な業務を経験。2019年に、東京大学大学院で同じ研究室だった代表 久保恒太からの誘いをきっかけにUbieにジョインした。決め手は、以下3つの理由だったと話す。
「1つ目は、マーケットの大きさ。Ubieがターゲットにする市場は医療関連の産業全体。そこに対して圧倒的な優位性のある技術とデータであらゆるビジネスが創造できると思いました。
2つ目は、人。代表含めUbieのメンバーはみんな『何がやりたいか』明確だった。みんな賢いだけでなく個性豊かで、『このメンバーと仕事がしたい』と思ったんです。
3つ目は、社会変革の可能性。僕がコンサルになったのも、目の前の会社や人を少しでも変えられると思ったからで。Ubieなら医療の大きな問題解決を通じて、より大きく世の中を変えられると思ったんです」(松村)
兵頭も新卒でボストンコンサルティンググループ(BCG)にコンサルタントとして入社。新規事業立案、戦略立案、中長期戦略立案、営業組織変革、商品のプライシング戦略立案、グローバル案件のデューデリジェンスなどのプロジェクトを経験した後、VCのD4Vへ転職。最初の投資先であるUbieに惚れ込み、同社に転職した。
「傍目から見てもUbieの社員はすごく楽しそうでした。それに、最強と思えるメンバーも揃っていた。日本は超高齢化やそれに伴う巨額の社会保障費など、医療における問題が山積みですが、ここでなら大きな負を解決できると確信したのです」(兵頭)
言葉通り二人は今、SaaSを切り口に医療分野における課題解決に邁進している。最後に見据える世界について尋ねると、こう教えてくれた。
「今は一人の患者さんの自宅診療、クリニック、病院それぞれの診療データが統合されていない。3ヶ月前から発症して色々な病院に通っている患者さんがどのような経過をたどっているのかわからないので、データを統合してペイシェントジャーニーをおさえられるようにしたいです」(松村)
「散らばっているデータの統合によって、展開力が格段に向上します。例えば、離島など閉ざされた医療圏のデータを取り『離島モデル』として、似たような海外の医療圏にも展開できますし、国の政策にも影響を及ぼせると思います。ユビーを使うことで政策が進み、未来の医療がつくられる。そんな政策面における地域医療との連携など、大きなテーマに向けてできることは多い。今からワクワクしています」(兵頭)