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ポスト・コロナのニューヨークから


いまこそ「働きアリの法則」の適用を


コロナ禍でのテレワークやワーケーションは進んでいて、ハーバード大学とニューヨーク大学の共同調査によれば、会議の時間は11.5%減少したようだ。しかしその一方で、労働時間は1日当たり48.5分増加し、通勤時間がなくなった分を埋め合わせてしまっているという。

テレワーク中の勤務状況を確認するために、キーボードに触れている時間やラップトップカメラに映っている時間が把握できる、新しいITリモート管理サービスを利用しようという動きもある。技術的には、個々人がどのキーを押しているかまでも把握できるそうだ。

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ITリモート管理サービスによる、過度ともいえる勤務時間管理が進んでいる(Oscar Wong/Getty Images)

これはある意味で、人間のマイクロマネジメントである。AIが仕事を奪う未来が来るのではと議論されているうちに、喉元にまで勤務時間管理が進んでいる。こうした管理のし過ぎは、自主性や創造性の芽も摘み取ることになりかねない。

1936年、チャールズ・チャップリンは「モダン・タイムス」という作品に、人間が機械化の一部となることに対する痛烈な批判を込めた。キーボードの前に居ることだけが労働生産性評価の基準として管理されるようになれば、人間はDX潮流の一部に組み込まれてしまい、「機械化」されていくだろう。それはDX版の「モダン・タイムス」かもしれない。

テレワーカーの仕事を時間管理するスタイルは、「成果主義」の評価とは相容れない。そこを取り違えると、木を見て森を見ずどころか、葉っぱの先だけ見て、木も森も見ずということになる。製造業には適合していた管理方法ではあるが、それをサービス産業に適用しようとしても軋みが起こる。

長い通勤、無駄な会議、組織依存を捨て、生産性を重視しつつも、新しいアイデアを試し、何がダメか、失敗もしてみるというゆとり時間は必要である。そもそも人間は、失敗も経験しておかないと、骨太の成長に繋がらない。

しかも、新規のアイデアは、異質なものの組み合わせから生まれる。同じ会社で、同質に近い者同士で、オンライン・ブレストを行っても飛躍がない。

いったん問題から離れ、しばらく時間を置いてあらためて考えてみると、答えが出ることも多い。アイデアが浮かぶ時は、昔から「馬上、枕(ちん)上、厠(し)上」(現代的に言うと、車やバスや電車などでの移動時、枕元で考えている時、トイレやお風呂に入っている時)と言われる。

文=高橋愛一郎

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