「直近1年の数字は(計画と)トントン。ただ、コロナ禍で『いつか入れたいよね』と言っていたお客様の『いつか』が急に来た。一定の手ごたえは感じています」
仕事帰りのビジネスパーソンたちが1日の疲れを癒やしにやってくる高円寺の高架下。なじみの店に立ち寄ったSmartHRの宮田昇始は、ビールで喉を鳴らしながら直近の業績を振り返った。
SmartHRはクラウド型の人事・労務管理システムだ。従業員の出入りが多い飲食業や小売業、宿泊業で利用されることが多く、コロナ初期はこれらの業界の不振を受けて受注が止まった。しかし、緊急事態宣言明けに流れが変わった。業種を問わず、リモートワークで紙のやりとりが難しいことを実感した大企業が相次いで導入。これまで人事・労務分野のDX(デジタルトランスフォーメーション)を後回しにしていた層に一気に利用が広がった。
宮田はトントンを強調したが、コロナの影響が大きかった2020年6月時点でも、ARR(年間経常収益)は1年で2.2倍の成長だった。米国でSaaSスタートアップの模範的な成長の目安とされる「T2D3(ARRが1億円を超えた翌年から前年比3倍、3倍、2倍、2倍、2倍)」も、これまで順調に登ってきている。
人事・労務システムは20社近くの競合がひしめく激戦区だ。そのなかで圧倒的な成長を続けてきた要因は何か。そう問うと、間髪を入れずに「総合力です」と返ってきた。総合力の一つを構成するのがプロダクトだ。SmartHRはクラウド型市場を切り開いたパイオニアだが、それゆえUIや機能面を競合にマネされやすい。プロダクトの差別化は難しいはずだが、宮田は自信をもってこう解説した。
「人事・労務のシステムは一度入れると平均4年はリプレイスされないので、最初に選んでもらうことが大切です。私たちはフォロワーではなく、顧客に課題を直接聞きながら開発しています。1〜2年先を行っているだけでも、決定的な差になる」
セールス&マーケティングも総合力の一つだ。注目は、タイムリーなマスマーケティングだろう。20年3月、コロナの感染が拡大して企業のリモートシフトが始まると、もともと予定していた交通広告のコピーを「テレワークが始まった。ハンコを押すために出社した。」に差し替えた。4月にはビデオ会議システム「ZOOM」で撮影してテレビCMを開始。企画から放映まで3週間という早わざだった。
宮田のトップダウンによってスピード感のある施策が打てたのかと思いきや、返ってきたのは意外な答えだった。