25人目の裁判官が気づいた「自然死」の可能性 鑑定書の衝撃事実|#供述弱者を知る

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鑑定医の滋賀医大の法医学教室の教授(当時)が作成した鑑定書には、高裁が指摘した通り「カリウム値1.5mmol/L」のデータが明記され、そこにはっきり「不整脈を生じうる」と注釈が書き込まれていた。現物のコピーだが、かっこ書きされたこの一言は、強烈に目に焼き付いた。つまり、鑑定書には間違いなく〝自然死した可能性〟が明記されていたのだ。

窒息死の結論ありき 不整脈の可能性は無視?


鑑定医はデータを見た瞬間「異常な数値」と気づき、医師として本能的にその数値が持つ意味を打ち込んだのだろう。だが、その一方で「チューブが外れていた」という捜査官に耳打ちされた誤った情報に引きずられ、窒息死の結論ありきで不整脈の可能性をスルーしてしまったのだろう。鑑定書のどこにも検証した形跡がなかった。

それだけではない。驚いたのは、窒息死の原因について「人工呼吸器停止、管の外れ等に基づく酸素供給欠乏が一義的原因」とはっきり書いてあったことだ。「管の外れが原因」。つまり、司法解剖はしたが、死因の特定は「死亡発見時に管が外れていた」という情報だけが根拠になっていた。

発見時にチューブが「つながっていた」とする判決文と「外れていた」とする鑑定書は、死因に直結する最も重要な事実について、まったく逆の指摘をしていたのだ。許されない矛盾だった。鑑定書は有罪立証の柱になっており確定審の判決は、破綻している。鑑定書と判決が極めて重要な事実で食い違い、それが13年にもわたり、7回もの裁判で見逃され続けてきた。そんなことが現代の日本の裁判で起きていることが信じられなかった。

すぐに1審(2004年)の法廷での鑑定医の証言を調べた。驚くべきことに、鑑定医は法廷でも「外れていた」と明言していた。

弁護人 解剖時に「人工呼吸器(の管)が外れていた」と聞いてましたね。
鑑定医 新聞に載っていましたから。警察官からも説明は多分あった。
弁護人 他の原因は全く考えられない?
鑑定医 外れていたのを(看護師が)発見したということでしたら、(窒息死の原因は)その可能性が非常に大きいというふうに私の方は判断しました。

鑑定医が看護師の嘘を信じて死因を窒息死にしたことは、もはや疑う余地がなかった。

死亡を発見した看護師の供述は死亡直後「外れていた」となっていたが、西山さんの逮捕から10日後には「実際のところは外れているかどうか目で確認していません」に変わっていた。西山さんの犯行にするため、警察が関係者の供述のつじつま合わせをしたということだろう。鑑定書との矛盾を放置したまま、都合がいいところだけ、つまみ食いをした、というあまりにも稚拙な捜査の進め方だった。

それにしても、検察官にしろ、裁判官にしろ、鑑定書をちゃんと読めば、窒息死の原因として明記された「管の外れ」が大問題であることは、一目瞭然のはず。1審から計7回の裁判で裁判官席に座った24人もの裁判官が、ただ漫然と見逃し続けるとは......。

裁判官たちは、取調官の刑事が作文した「殺した」という供述調書だけを信じ、西山さんがいくら無実を訴えても、まともに証拠を読もうとすらしなかった。そうとしか思えなかった。検察の主張に従ってさえいればいいという日本の刑事裁判の悪しき風習と、自白偏重主義にあぐらをかく裁判官たちの嘆かわしい実態を目の当たりにする思いだった。


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文=秦融

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