山野は高価な医療用ウィッグではなく、あえてオンラインショップで安価なコスプレ用のウィッグを10種類ほど取り揃えた。金髪やシルバーのショートカットなど、毎日気分で変えて周囲を驚かせてきた。「そのうち誰も気にしなくなる」という、これも山野流の計らい。いまではその姿を「笑い」に変えて発信するが、苦肉の策でもあった。
「毛が抜け落ちたことは仕方がないし、変えられません。カツラを被って病気なのかなと勘ぐられるよりは、病気でした!とはっきり伝えたら気を使われなくて済むし、自分も楽なんです」
仕事に対して全力投球してきた山野。Forbes JAPANの「スモール・ジャイアンツアワード」を編集部と共に盛り上げている
病前の山野と言えば、仕事に対して猪突猛進、全力投球──。その姿は、私にとっても、関西発のイノベーションを巻き起こすキャリアウーマンそのものに映っていた。山野自身はこう振り返る。
「自分をすごく丈夫だと思っていましたし、自分自身にはあまり興味がなく、事業を進めてきました。でも実際に抗がん剤治療が始まってからはすごく辛くて、お仕事で迷惑をかけるのを最小限にするにはどうすればいいか悩みました」
副作用が強く出る日が続くと、「どうやったら、仕事を辞められるかな」と何度も頭をよぎった。周りに何回か弱音を吐いたこともあった。
「個人的な話ですが、熟年離婚をして、子どもを産まなかったことをいつか後悔するんじゃないかとは、なんとなく思っていました。婦人科系のがんは出産をしたことがない人がかかりやすいという記事を読んだときは一番こたえました。切なかったですね。受け入れるしかないと言い聞かせてました」
もっとわがままに、ポジティブ宣言
そして闘病を経て「生きてるだけでカウントダウン」だと気づいた。最終的には「何をやらないか決めよう」と思った。
ネガティブではなく、もっとわがままに。しがらみなく生きる──。
「本当にみんな死ぬんだなと思って」という言葉の裏には、親しい友人2人も同時期にがんの闘病生活をしていることも関係している。山野よりも彼らの症状は重篤で、自身の告知以上にショックを受けたという。
限られた人生、時間の中で何を残して生きたいか。自分らしく働ける時間が限られているなかで「ひとつひとつの判断を丁寧にすること」を心がけている。