2017年2月、獄中鑑定への準備を進めていた私たちは、西山さんが自殺未遂を図ったという突然の知らせに言葉を失った。しかし、その自殺未遂騒動が、取材班の獄中鑑定の実現への扉を開くことになるとは考えもつかなかった。
(前回の記事:思いやりがあってやさしい。司法で描かれた「凶悪犯」とは異なる本人像)
なぜ、この騒動が獄中鑑定実現に向け「災い転じて福となす」だったと言えるのか。順を追って説明したい。
「相手に迎合した結果、嘘をついてしまう」
2月26日、滋賀県彦根市の西山家で、精神科医の小出将則医師(59)が、母令子さん(70)に娘になり代わってもらっての心理検査を実施した。検査結果は西山さんに障害がある可能性を明確に示した。次は、獄中鑑定の実現に向けて弁護団の協力を取りつけることだ。早速、角雄記記者(38)が検査結果を弁護団長の井戸謙一弁護士(66)にメールで送った。
その上で電話をかけると、井戸弁護士は、母親に娘になり代わってもらって心理検査をしたことについて「そんなことができるんですか?」と驚き、獄中鑑定については「刑務所にまで出向いてやっていただけるというのは、大変ありがたい」と積極的に応じてくれた。具体的なことを詰めていくことになり、翌週の3月5日、私と小出君、角記者の3人で井戸弁護士の事務所を訪ねた。
井戸弁護士には、小出君が私と中日新聞に私と同期で入社した元記者だと説明。小出君はすぐに精神科医としての分析を話した。
「西山さんには発達障害と軽度知的障害があると見ています。彼女と同様の障害がある数百人の患者を診てきた経験で、ほぼ間違いない」
井戸弁護士は真剣な表情で彼の話に聞き入った。
小出君は、西山さんの虚偽供述について、発達障害の知見から解説した。
「嘘には利益を得るための嘘と、そうではない嘘がある。同じ嘘の言葉でくくられるものであっても、発達障害の子が相手に話を合わせて言う嘘は、根源的に異なるものとみるべきなんです。例えば、嘘の理由を言って学校をサボる、というケース。誰にも身に覚えがあるような話ですが、この場合の嘘には利益目的がある。彼女が事件の中で話している嘘は、そのような一般的な嘘とは違う。自分の利益のために嘘をついているのではなく、その場の状況や相手に迎合した結果、嘘をついてしまう。詐欺のように、自分の利益のために相手をだますというような、悪意のある嘘とは根本的に違うということなんです」
弁護団は再審請求で西山さんの自白は虚偽だという立証は尽くしていた。ただ、井戸弁護士は「なぜうそをついたのか、という点については、実は具体的に解明できていない」と明かした。そしてこう続けた。