獄中鑑定に向けての手続きと、事件のとらえ方についての三者の意見は、ほぼ出そろった。
「獄中鑑定が実現する可能性はどの程度あると思いますか」。私の質問に井戸弁護士は「再審に必要だ、ということですんなり通ると思うんですけどねえ」と楽観的に見通しつつ、西山さんの様子についての不安を口にした。
「弁護人は懲罰中でも再審請求に必要な範囲で面会できるので会っているんですが、最近は幻覚・幻聴に悩まされている様子があって、お父さんとの一件以来、あまり思わしくない」
深刻な話だった。「落ち着いてくれないと、鑑定どころじゃなくなる心配もありますね」。ため息交じりに私が言うと重苦しい空気になった。成り行きを見守りつつ、手続きを進めるしかなかった。
刑務所側も「精神鑑定」の必要性を感じていた
しかし、この時期、西山さんに不安定な状態が続いたことこそが、私たちの鑑定にとってプラスに働いたとは、その時点では知るよしもなかった。
後で分かったことだが、実は、刑務所側も精神的に不安定な状態が続く西山さんの処遇について、不安を感じていた、とみられる。考えてみれば、当然のことだ。万一、再び自殺未遂など起こされては、刑務所の管理責任が問われかねない。再審請求中の受刑者で、塀の外に弁護人をはじめ多くの支援者がいることを考えると、悩ましい問題だった。
刑務所側は、刑務所入りした当初から問題行動を繰り返し、懲罰を重ねてきた西山さんに何らかの精神障害がある可能性があると感じていた節がある。受刑者の管理上も精神状態を正しく知ることは悪い話ではなかった。自殺未遂騒動の直後だけに、弁護人から届いた精神鑑定の申請は、刑務所にとっても渡りに船だとも言えたのだ。
再審無罪になった後、当時のことを西山さんが明かした。
「後になって、刑務官たちからそう聞かされました。刑務所の中でも、精神鑑定を受けさせた方が良いのではないか、という声が出ていた、と。実際、反対の人もいたそうで『再審のために本当にやる必要があるのか』と私に聞いてきた刑務所の幹部もいました」
私たちが獄中鑑定に動きだしたのと同じころ、刑務所内での西山さんの精神状態が悪化し、問題行動を重ねたことは、奇しくも異例の獄中鑑定の実現へと歩を進めてくれた。自殺未遂など、あってしかるべきでない。だが、後から振り返れば、まさに「災い転じて福となす」だったのである。
連載:#供述弱者を知る
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