その意図は何か。プロジェクト開発部 有楽町街づくり推進室 副室長の有光頼幸、副主事の辻直毅、マネージャーの牧亮平に話を聞いた。
「スター」を生み出し、ネクストスタンダードの震源地へ
有楽町は丸の内や大手町などのオフィスエリアと、銀座や日比谷など商業・芸術・文化エリアに隣接し、放送局、美術館、劇場や日比谷公園などがあって、ビジネスとカルチャー、自然が密接に溶け込んだ場所だ。
「この街の立地や歴史性を活かし、もっと多様な人々が行き交い、ぽっと出のおもいつきのアイディアでさえもためらわずに提案してみんなで磨いていけるような、大企業が集積するこのエリアで『個人』であっても活躍できる仕組みづくりをしていきたい」(辻)。
これまでのようにまず「空間」を作り、そのあとにコミュニティを入れていくという従来の手法ではなく、先に面白い人を集めてコミュニティを作り、様々なジャンルで活躍する外部の人材にプロデューサー陣として参画してもらう。
「そこに集まるまだ世の中で価値が定まっていない人、アイディア、コト、モノを、これからの時代を担う『スター(新しいこと)』として成長させ、世の中に送り出していく仕組みを作る。そこから生まれるものをハード・ソフト両面で有楽町の再構築につなげていきたい」(有光)。
ディベロッパー単独ではなく、街に訪れる人々の熱量によって街を変容させていく街づくりにチャレンジしようとしているのだ。この想いを実現すべく、有楽町再構築に向けた先導プロジェクト、「有楽町『Micro STARs Dev.』」が2019年12月に始動した。活動は有楽町エリア全域を対象とし2つの中心拠点で展開する。
一つは、JR有楽町駅徒歩1分の新有楽町ビル10階にある個人のアイディアをカタチにしていく、会員制ワーキングコミュニティ「有楽町『SAAI』Wonder Working Community(以下、「SAAI」)」。この場所は、単なるコワーキングスペースではなく、ポテンシャルのある人材が集まり、交流、刺激し合うことで奇抜なアイディアを生み出したり、ブラッシュアップさせたりしてカタチにしていく仕組みを持つ。
「起業したい人、企業に勤めながら何か新しいことにチャレンジしたい人、あるいは新規事業を模索している『社内起業家』をメインターゲットにしています。ここには、彼らを支援するプロデューサーやアクセラレーターがいて、いつでも相談やディスカッションが可能。多方面の多彩な人材や他の会員との交流を図ることで、各自のアイディアを具現化することができます」(牧)。
そして、もう一つの拠点は、「好奇心が交差する市場」をコンセプトにし、人、アイディア、文化、食に出会える多機能市場「有楽町『micro FOOD&IDEA MARKET』(以下、「micro」)」だ。「SAAI」とは道を挟んだ隣の有楽町ビルにある。
ここは丸の内仲通りに面し、誰でも訪れることができる開かれた場所。イベントを開催できるステージをはじめ、飲食を提供する憩いの場、そして物販・展示スペースを備えている。このスペースには、クラウドファンディング商品を支援するコーナーや、「アイディアマーケット」という展示棚もあり、「SAAI」で生まれたモノやコトを対外的に披露する場所としても活用できる。
つまり、アイディアが生まれる場所としての「SAAI」があり、それをテストマーケティングして育て、不特定多数のフィードバックを得られる場所として「micro」がある。ここから巣立ち、大丸有エリアを足ががりに、社会実装されることを目指すプロジェクトなのだ。
左から、三菱地所の牧亮平、辻直毅、有光頼幸。SAAIのBar「変態」にて。
「人、アイディア、コト、モノ」を変態させる3つの仕組み
このプロジェクトを成功させるべく、3つの仕組みがある。
一つ目は、「事業創造支援」プログラムだ。SAAIは、日本有数のアクセラレーターである「ゼロワンブースター」が運営し、アイディアのブラッシュアップ、事業化に向けたスタートラインへの引き上げ、あるいは事業を軌道に乗せるまで、自己負担可能な価格設定と会員のステージに合わせた、様々な支援を提供してくれる。
「ゼロワンブースターは、『SAAI』の中に本社があるので、アイディアを思いついたら、社員にいつでもすぐに相談することができます。いつでも力になってくれる人が沢山いる。これは大きなメリットです」(牧)。
二つ目は「STUDIO」システムだ。2名以上の会員同士がアイディアを深度化させるためにユニットを形成し、プロジェクト化していくための仕組みである。SAAIの会員は共感する既存STUDIOに後から加わることもできる。
会員専用アプリを使って誰でも立ち上げられ、参加者を募ることができる。面白いアイディアを持った「STUDIO」には、プロジェクトを前に進めるための調査費が施設から支払われるアイディアコンテストも開催予定。
「このシステムを通じて、今まで全く接点のなかった会員同士がつながり、一つのテーマをとことん深掘りするという活動が多数生まれてきています。実際、AR・VRの技術を活用したプロジェクトを企画しているSTUDIOが、まもなく実装に向けたトライアルの段階に入るところです」(辻)。
SAAIにはアイディアを生み出す場、良質なコミュニケーションをとる場が豊富にある
三つ目は、Bar「変態」。会員同士の交流を促す場だ。かなり個性的なネーミングだが、「変態」とは、ギリシャ語を語源とするドイツ語のメタモルフォーゼ(「変化」・「変身」の意)から名付けた。新しいことにチャレンジしたいが、どうしてよいか分からない人たちにSAAIに集まってもらい、自由な発想でどんどん変わっていけるような場を提供したいという想いが込められている。
Barのスタッフは専属ではなく、公募によって自発的に集まった「チーママ」「チーパパ」たちによって運営されている。彼らは日常は企業勤め、会社経営者やフリーランスなど多種多様なバックグラウンドを持っており、会員同士の交流に止まらず、イベントやSTUDIO活動にも介入するなど、刺激をもらえる人気の場所となっている。
「強い意志があり、放っておいても起業できる方はごくわずか。一般的なオフィスワーカーは、想いがあって何かやりたくても何をしていいのかわからずモヤモヤしている方々が多いのではないか。ここでプロデューサー、会員、チーママ、チーパパらと触れ合ってもらい、自由な発想で前進できる人に『変態』してもらいたい。むしろ、そういった方々が主役になるような仕組みを構築したい」(牧)。
これまでのコワーキングスペースにはない、いい意味の「悪巧み」をしながら「変態」できる要素がいくつも仕掛けられている。
「ゼロワンブースターのネットワークに加え、三菱地所のリソースもあるので、必要であればいつでも紹介できる。いい意味で『過保護』な環境をご用意できると自負しています」(牧)。
SAAIを支えるゼロワンブースターのメンバー
「大手町・丸の内・有楽町、そしてゆくゆくは日本を強くしたい」
三菱地所が新しい街づくりにチャレンジに乗り出した背景には、「新しいものが生まれない、単なる箱物にはしたくない」という彼らの想いがある。
「核になる人がいて、働く人がいて、応援する人がいて、関わる人たちや場の熱量があってこその施設。空間的なしつらえや、運営プログラムだけを誇る施設にはしたくなかった。もっと『人』にフォーカスしたかった」(牧)。
日本では優秀な人材が大企業に流れる傾向が諸外国と比較して強いとも言われる。三菱地所は、その中でイノベーションに向かう人材をもっと増やしたいと願っている。今は小さくても、これからスターになる人やモノを育てたいのだ。しかし、そんな人材の立場からすると、一度退職して事業を立ち上げるのはハードルが高い。
だったら、彼らが会社にいながら新しいことにチャレンジできる場があれは、何かが変わるのではないか。その結果、街も新たな姿を見せ始めるのではないだろうか。そこにこれからの街づくりの在り方を見出した。
この施設自体での利益は第一優先として考えていない。あくまでも街づくりの一環である。もし、利益を追求するならば、やり方は全く変わるはずだ。
「何かこれで儲けてやろうというのではなく、もっと面白くしたい、大きなスケールで言えば、人のポテンシャル、街のポテンシャルを十分に引き出して『大手町・丸の内・有楽町、そしてゆくゆくは日本を強くしたい』という理想のために動いています」(有光)。
このプロジェクトは、まさに模索する中で新たなモノ・コトを生みだそうとしている。
「我々のこの取り組みには確証はなく、試行錯誤しながら進めています。今後は我々が考えているものとは180度形を変えることになるかもしれない。もしかしたら、1年後には、もう一つこういう施設があったらいい、ということになっているかも。それはそれで次につなげていくことができればいい。変わっていく有楽町を見るのが楽しみです」(有光)。
「三菱地所の社員である我々も、SAAIがなければ出逢えない人とたくさん出逢っています。彼らから受ける刺激によって、自分たちの幅も広がり、自分たちが『変態』していっている感じですね」(辻)。
仕掛け人である三菱地所自身も、このプロジェクトで新規事業を生み出しながら、変わりつつある。
有楽町SAAI Wonder Working Community
https://yurakucho-saai.com/
有楽町micro FOOD&IDEA MARKET
https://yurakucho-micro.com/