自宅リビングから53連夜。小曽根真ライブ、集客は「1晩でホール8個分」

撮影:小田駿一


「音楽家は『音さえよければいい』というところがありますが、彼女はビジュアルのセンスをすごく大事にしていました。『心のライフラインであるはずの音楽のすばらしさを、どうしたらひとりでも多くの人に伝えられるか』を常に考えてくれました」(小曽根氏)

部屋に飾られたプラントやロウソクの場所からカメラアングルまで、全部位置を決めて指示をするのは三鈴氏。動かすのは小曽根氏の仕事だったという。最初は、手元を映さず、背景と小曽根氏の顔だけを映していた。

「多くのミュージシャンは手と自分を映るようにするんですね。でも、それだと背景が壁になってしまう。10分や15分ならいいですが、ピアノと僕だけで1時間だとつまらない。それより、後ろで風に揺れる木々の緑が見えたほうが素敵でしょう。都会に住んでいる皆さんには特にそうですよね」(小曽根氏)

そうして、背景に、森のような緑が一面に広がり、小曽根氏がピアノを弾くというアングルになった。

「音楽を愛する人が集う場所」


ある日、画面から見える会場がまるで「教会」か「神社」のように見えた日があったという。「暗闇の中にピアノがあって、窓があって。なんだか、この家はこのコンサートをやるためにつくられたのでは? と感じたほどでした」(小曽根氏)

「皆さんの心が集まる場所ならば、これは絶対に掃除しなければ」ということで、以来、三鈴氏は開催中毎日、会場となるリビングルームを「禊ぎ」のようにしっかりと磨き上げたという。

その後、「手元を見たい」というリクエストに応えて鍵盤を上から映すアングルが加わり、「話し声が聴きにくい」という声にはマイクを追加。ミキサーを入れてフットスイッチでオンオフを操作できるようにした。

「たまにスイッチを切り忘れて、『小曽根さん、オフってないですよ』というコメントが来たこともありました。それも含めて手作り感があり、生放送の楽しさということで(笑)」(小曽根氏)

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こうしてコンサートは、観客とともに日々進化を続けていった。観客のコメントを見て幅広い曲のリクエストにも応え、バースデーソングを演奏して観客を祝う。オンラインでありながら、ライブ感を味わえるきめの細かさが一体感を生み、観客との絆を深める一因にもなったのだろう。

53日間という長丁場。正直、やめたいとか休みたいという気持ちを抱いたことはなかったのだろうか? そんな質問に、ふたりは顔を見合わせながら「そう思ったことは一度もなかったですね」と即答した。

「53日、よく続いたなと思いますね。でも、途中でやめようと思ったことは一度もなかった。観客がたったひとりになり、やがてその方も来なくなったら、『ああ、必要とされていないんだな』と思ってあきらめようとは考えてはいましたけれど。

そして、音楽家たるもの、食べられないことよりも演奏を聴いてもらえないことのほうがつらいと思う。それは私も同じです。食べるために何かほかの仕事を探したとしても、演奏は続けたい。表現し続けたいというのがあります。ですから、このコンサートがたとえ1年続いたとしてもやっていこうという気持ちはありました。

まあ、実際これが1年続いたら大変かもしれないけれど(笑)」(三鈴氏)
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文=柴田恵理 撮影=小田駿一 編集=石井節子

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