呼び出しのたび警察署に送り迎えしながら、刑事に取り込まれていく娘を父はどうすることもできず、「警察は市民の味方と思っていた」と、お上を信じて疑わなかった母に対し、娘を逮捕した刑事たちは家宅捜索時に「私たちが助けます」とあきれるような言葉を残した。暴走する警察組織が実直な夫婦を容赦なく蹂躙していった光景が目に浮かんだ。
(前回の記事:なぜ娘は殺人犯に? 「警察は市民の味方」と信じた両親の告白)
「本当に書いてくれるんか」
輝男さんが私の目をまっすぐに見つめて言った。
のど元にあいくちを突きつけられるような、容赦ない質問だった。考えて答える余裕はなかった。
「必ず書きます」
獄中からの手紙をデジタル化
だが、質問はそれで終わらなかった。7回に及ぶ裁判の中で、言いたいことを伝えてくれないメディアに散々、期待を裏切られてきたからだろう。間を置かず、輝男さんが言った。
「それは、いつごろになるんや」
その質問に対しては、言葉が詰まった。まだ、取材は何も動きだしていない。手紙の分析、恩師、病院関係者、捜査関係者、発達障害の専門家の取材など、やるべきことは山ほどある。記者も私も、この事件だけにかかり切ることもできない状況で、すべてが順調にいったとしても、最低2カ月はかかるだろう。それでも早い方だと思いつつも、こう答えた。
「2月中には。早ければ、ですが」
輝男さんの顔に一瞬、失望の色が浮かび「そんなにかかるんかい」と残念そうに言った。気持ちは痛いほどわかる。逮捕されて、すでに10年以上。満期出所が8カ月後に迫っている。それまでに何とか娘を救い出してやりたい、もう一刻の猶予もない、そんな輝男さんの焦燥感がひしひしと伝わってきた。
「そうは言っても、書くまでにはいろいろと大変なんです」
そう言ったが、納得してくれるはずもない。父親は「娘は無実です」と新聞で訴えて欲しいだけなのだ。無実の娘を無実だと書くのに、なぜそれほど時間がかかるのだ、という思いしかないのだろう。申し訳ないとは思ったが、ここで変に過大な期待をもたせてしまうのもよくない。
「何とか急ぎます。でも、実際には、もっと時間がかかるかもしれません」
その上で、あらためてお願いした。
「お父さんとお母さんの協力が必要です。まずは、手紙をすべてコピーするので、しばらくお預かりさせてください」
この申し出に、両親は快く応じてくれた。輝男さんが奥の部屋に行き、束の状態になった娘からの手紙を次々に私たちの前に運んできた。
「まだあると思うんやが、きちんと整理していないんで、ひとまずこれだけですわ」