手紙はその後、角記者と井本拓志記者、高田みのり記者(27)とも手分けして複写・データ化を進めたことで350通のほぼ全てが整った。2017年の正月明けは、ほとんどこの作業に費やした記憶がある。
それほど手紙のデジタル化は重要だった。
数本の原稿を書くだけなら、このような作業はしないだろう。記事に使えそうな箇所をつまみ食いするだけで事足りるからだ。私たちがやろうとしているのは、無実の立証であり、そのための「証拠」の根幹になる手紙の詳細な分析は、紙のままの状態では難しい。デジタル化して特に役立つのは、検索機能だ。「殺ろしていません」という言葉が、どのタイミングで何度出てくるのか。「○○刑事」「○○看護師」などが現れる箇所、その頻度はどの程度か。手紙の解析のためにその後、数え切れないほどの検索を重ね、記事に生かされた。
エクセルのセルで情報にタグ付け。特に重要なのが「備考」欄だ(Shutterstock)
エクセルのセルには「日付」「手紙の通し番号」「手紙の内容」「備考」と付けた。記事化の段階で特に重要なのが、一読して印象を書き込んだ「備考」欄のコメントになる。この日に送ったデータには「幼児性示す手紙」「○○刑事について」「虚偽の自白について父母へ謝罪」「幼少期と、性格の自己分析」「被害者の○○さんについて」「無実の訴え」など記事のテーマに直結するコメントが書き込まれている。
このエクセルシートは、西山さんが書いた文章を単に、アナログからデジタルに変換した、というだけではなく、この段階で記事を構成する「素材庫」をつくったに等しい。
たとえて言えば、350通の手紙という鉱脈は、鉄、銅、アルミニウム、鉛、レアメタルなどの鉱物資源に選別され、それぞれが用途(テーマ)別にカテゴリー分けされた「部品」の段階に移行しており、使いやすいように部品番号、材質などの特性などがわかりやすくタグ付けされたのと同じ状態になっている。
記事のイメージは不明確でも、手紙のデータ化それ自体が、実は、すでに記事の執筆に入ったのも同然といえる。逆に言えば、記事のイメージさえできればすぐにもパーツとしてエクセルシートからコピペして、事実を基に原稿用紙のマス目をどんどん埋めていくことができる、つまり、調査報道につながるという、編集者としてはとても重要なステップだった。
連載:#供述弱者を知る
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