近年、エジプトのアブデルファタハ・シシ大統領の「表現の自由」に対する弾圧は悪化の一途を辿っているという。ヘガジさんもその犠牲者の一人だ。ワシントンポストが取材した人権団体によれば、シシ大統領はここ数十年で最も抑圧的であり、何万人もの人々が刑務所へと入れられ、何百人ものエジプト人が失踪し、へガジさんのように亡命へと追いやられる思想家も後を絶たないという。
2011年には「アラブの春」と呼ばれる民主化運動によって、チュニジアなど北アフリカ諸国の長期政権が倒れ、エジプトでも約30年の長きにわたり独裁政権を維持したムバラク政権が倒された。しかしその後、軍による事実上のクーデターが起こり、シシ大統領が実権を握ると、次々に法律が変更されて、デモの実施やメディアに対する規制が強化されていったという。
2011年の民主化運動「アラブの春」の混乱後に発足し、強権化を進めるシシ政権(Getty Images)
このような状況下で、シシ大統領は自分の政治的利益のために反LGBTQ感情を利用しているとも指摘されている。性的マイノリティへの締め付けを強化することによって、エジプトの保守層に訴えかける狙いがあるという。
「Human Rights Watch」によれば、エジプトで2019年に「放蕩」の容疑で同性愛を疑われ逮捕された人々の69%は、「路上で無作為に検挙された」とされており、これは当局がジェンダー表現に基づいて性的マイノリティを差別している例として考えられる。他にも、エジプトに拠点を置く3つのLGBTQ権利団体で構成される「The Alliance of Queer Egyptian Organizations」は2019年の報告書の中で、政府の弾圧には暴行、拷問(強制的な肛門検査を含む)、恣意的な拘留などが含まれると指摘している。
「Rest in power」SNSで広がるへガジさんとの連帯
強権的なシシ政権が長期化すれば人々の自由がさらに失われていくのではないかという懸念がエジプトで広がるなか、ヘガジさんは生前いかなる想いを抱いていたのであろうか。彼女の弁護士であり、友人でもあるモスタファ・フアドさんは、刑務所からの手紙で彼女がよく語っていたことを、米国の報道番組「Democracy Now!」に伝えている。
「『世界は愛によってしか変わらない。どんなに私を憎んでいても、私のような人を憎んでいても、どんなに皆と違う人々を憎んでいても、それでも世界を変えるのは愛と共存だけだ』と言っていました。これは彼女が抱いていた真の信仰であり、世界を救うのは人間性だと彼女は考えていました」
愛と共存が世界を変えると信じ、エジプト社会におけるLGBTQ差別と勇敢に戦ったヘガジさんは、最後までその信念を曲げることはなかった。SNS上では「安らかに眠れ(Rest in peace)」という哀悼の言葉の代わりに、社会正義のための闘争を継続することを呼びかけ、故人との連帯を表明する「力と共に眠れ(Rest in power)」という言葉が、世界中からへガジさんに送られている。今もエジプトを含むイスラムの多くの国で、性的マイノリティーが迫害される深刻な状況が続いている。