コンサートから3週間にわたり、エジプト当局による性的マイノリティへの取り締まりが強化された。サラ・ヘガジさんはこの時逮捕された数十人のうちで唯一の女性である。「性的変態と放蕩の促進」という容疑で起訴されたヘガジさんの自宅には武装した警察が押し寄せ、彼女を国家安全保障局の拘置所へと連れ去った。この時に拘置所でおきたことをヘガジさんは2018年9月、エジプトの独立系メディア「Mada Masr」に綴っている。
「私は車の中で警官に目隠しをされて、知らない場所へと連れていかれました。どこに繋がっているのかわからない階段を降りていくと、ただ『あの部屋に連れていけ』という男の声だけが聞こえて、周囲には不快な臭いと苦痛に耐える人々のうめき声だけが漂っていました。私は椅子に座り、両手を縛られ、なんだかわからないまま口に布を詰め込まれました。そこには誰もいないようで、私に何かを話しかけてくるようなことはありませんでした。しばらくすると、体が痙攣して意識を失いました。どのくらいのあいだ意識を失っていたのかはわかりません。
電気ショックでした。私は電気で拷問されたのです。また私がそのことを誰かに話したら、母にも危害を加えると脅されました(私がエジプトを去った後、母はすでに亡くなっています)。また拷問は電気ショックだけではありませんでした。アル・サイードゼイナブの警察署の男たちは、そこに収容されていた女性たちを扇動して、肉体的にも言語的にも私に性的暴行を加えました」
ヘガジさんへの拷問はエルカナター女性刑務所に移されてからも続き、そこでは何日ものあいだ独房に監禁され、日の光の中を歩くことも禁じられていたという。釈放後、重度のうつ病とPTSDに襲われたヘガジさんはパニック障害も発症し、再び逮捕されることを恐れて亡命を余儀なくされていた。
ヘガジさん「幸せでした。とても美しい瞬間だった」
ヘガジさんの友人であるタレク・サラマさんがCNNの取材に答えたところによれば、ヘガジさんがレインボーフラッグを掲げ「沈黙の壁を破った」ことは仲間たちから称賛されていたという。「左翼であること、つまり国家の暴力に反対して自らクィア(Queer)であることを公言しているのをみて、私は彼女のことを心配しました。でも同時に、彼女に魅了され、恐縮する気持ちになりました」
ヘガジさんはソフトウェア開発者でありつつも、政治に関心がありLGBTQ活動家としてエジプト社会における差別と戦っていた。コンサートでレインボーフラッグを掲げたことも、保守的な社会の中では危険な行為であるということを理解した上で、差別への抵抗として行われた。へガジさんは2018年にドイツのメディア「Deutsche Welle」に語っていた。
「私はそれを計画的に行いました。幸せでした。とても美しい瞬間だったと思います。規範と異なるあらゆるものに憎悪を向け、差異が何を意味するのかについて理解しない社会の中で、自分の存在を叫んだのですから」