ガラスではなくダイヤモンド?! 「100万ドルの宝飾時計」
時計の博物館として親しまれているセイコーミュージアムには、ちょっと信じがたいジュエリーウォッチが収蔵されている。「HSR050」というそっけないリファレンスナンバーで呼ばれてはいるが、総数507石、計28.50カラットのダイヤモンドがあしらわれたスーパーハイジュエリーウォッチなのだ。文字盤を守る透明なカバーガラスは、一般的にはサファイアクリスタルでできている。だがこのモデルは、サファイアの代わりに6.27カラットという大きな板状のダイヤモンドが使われている(本項のトップ画像を参照されたい)。
これはポートレートカットという特殊なカットのダイヤモンド。かつて細密肖像画のカバーガラス代わりに使われたカットで、ロシアのクレムリン武器庫に所蔵された、皇帝の肖像画入りポートレートカットダイヤモンドブレスレットがよく知られている。この時計のダイヤモンドもそうした宝飾品に用いられたと推測され、オークションで競り落とされて日本に渡ってきたのだという。
1982年(昭和57年)、このモデルは「100万ドルの宝飾時計」として発表され、センセーションを巻き起こした。当時のレートで換算すると、2億2,000万円。日本人にとっては目をむくような値段だったに違いない。
諏訪市に生まれ、1964年に諏訪精工舎に入社した鬼窪保明氏。宝石鑑定士の資格も持ち、プロダクトデザイナーとしても、宝飾時計職人としても活躍した。
HSR050を製作したのは、諏訪精工舎(現セイコーエプソン)のデザイナーだった鬼窪保明氏。当時の貴重な体験を記録に残すため、今回は長年クレドールに関わり続けてきたセイコーウオッチ 商品企画一部の浅山智弘氏が聞き手となって話をうかがった。
鬼窪「当時は、会社の方針でパリのBJO宝飾工芸専門学校に留学してジュエリー製作の技術を学び、帰国したばかりでした。それで、安川英昭常務(当時。後にセイコーエプソン取締役社長。故人)にいきなりダイヤモンドを見せられて、これで何か作ってみろといわれたのです。1980年のことでした」
不思議なことだが、なぜか日本ではジュエリーが長らく歴史から消えていた。中世から明治の開国期まで、簪(かんざし)や櫛などはあったものの、指輪や首飾りといったジュエリーを身につける習慣が途絶えてしまったため、技術が蓄積されていないのだ。諏訪精工舎は社員をジュエリーシーンの最先端であるパリに派遣し、伝統的な宝飾品製作の高度な技術を学ばせた。鬼窪氏はこれに志願し、パリに留学していた。
デザインからマーケティングまで、さまざまな角度からクレドールに関わる浅山智弘氏。ブランドの来し方を知り抜いた鬼窪氏に、貴重な開発秘話を聞く。
浅山「この“100万ドルの宝飾時計”をもって、クレドールのジュエリーウォッチコレクションは幕を開けました。この頃すでにバブル景気の兆しがあって、女性にだけでなく、男性にもジュエリーウォッチの需要がありましたね」
鬼窪「スイスの時計メーカーも続々とこの方面に力を入れ始めていて、負けられないという思いがありました。でも、スイスと同じものを作っていてはどうにもならない。歴史にしても、あちらでは16世紀末から時計を作っていますから、土俵が同じでは数百年の差は埋まらないんです。それでも、我々にはクオーツムーブメントがありました。クオーツ+ジュエリーなら必ず優位に立てると信じて、この分野に力を入れたのは、先見の明でしょう」
百花繚乱、ジュエリーウォッチの黄金期がやって来た
多大な投資が設備や人材面を充実させ、レベルの高いジュエリーウォッチづくりへの環境が整えられていく。こうしたことにより、凝った宝石づかいのデザインが生まれ、ジュエリーウォッチの売上げは想定以上に伸びていった。
バブル景気にあたる1980年代後半から1990年代前半にかけて、クレドールのジュエリーウォッチはついに黄金期を迎える。大きな宝石を贅沢にあしらったデザインが好まれ、何と1,000万円超えのハイジュエリーウォッチがよく動いた。特にメンズのジュエリーウォッチは大変な人気で、超高額品であるにも関わらず、できあがると同時に取り合いになるほどだったという。
資料を並べて当時をふり返る鬼窪氏と浅山氏。浅山氏が手に持っているのは「100万ドルの宝飾時計」。
鬼窪「当時は寝る間もないほど忙しく、無我夢中でがんばっていました。そのうちに日本ならではの美をデザインに落とし込みたい、という気持ちがわいてきたんです。パリで暮らしたからこそ気づいたことでもありますが、日本には美しいカタチがある。それを追求することで何かが見えてくると思いましたね」
日本刀をイメージしてデザインされたクレドールの「刀」は、その大胆な造形で高い評価を受けた。
浅山「そしてデザインされたのが、1998年の“刀”なんですね。日本刀のシルエットに着想を得たジュエリーウォッチで、各方面からそのオリジナリティが絶賛され、非常に高い評価を得ました。“刀”モデル以降も“日本の形”シリーズとして多くのジュエリーウォッチが開発され、クレドールの個性を打ち出していくわけですが、鬼窪さんはこの大きな流れに乗りながら何を感じていたのですか?」
作り手の高い志が製品に反映されないはずがない
鬼窪「いつも何かに挑戦すること、いつも何かを提案すること、そして前よりも何かを進化させること。これが私にとってのクレドールの流儀です。もっともっとひたすらいいものを、と思うことが大切なんです。行いも志も高いレベルにもっていかなければ、決して高級品は作れませんから」
宝飾工房にて、セレステセッティングの石合わせをしているところ。通常はダイヤモンドをケースに埋め込むように留めるが、セレステセッティングはダイヤモンドの側面に大きな開口部があるため、より多くの光が入射し、ダイヤモンドが輝きを増す。爪の先端は三角形状に整えられ、ダイヤモンドのテーブル面に合わせて成形し磨きをかける。
ジュエリーウォッチづくりの高度な技術は現在も継承され、塩尻市にあるセイコーエプソン宝飾工房では、鬼窪氏の後輩たちが切磋琢磨に余念がない。地金に繊細な模様を彫る技術として、西洋で発展した「洋彫り」の技法だけでなく、日本古来の「和彫り」も併用していることは特筆ものだ。
洋彫りは、洋刀と呼ばれる工具を使い、手前から外へ向かって彫刻刀のように押して彫る。一方、日本の刀装具や調度品に用いられる和彫りは、鏨(たがね)を小鎚(こづち)で手前に叩き、金属を切るように彫る。これらを駆使することで表現の幅を広げ、キラリと鮮烈な光を放つ装飾を実現しているのである。
さらに、セッティングにもこだわりがある。独自に編み出された「セレステセッティング」は、宝石をケースに埋め込まず、ダイヤモンドが宙に浮いているかのように見える特殊な留め方だ。また、3つの爪で宝石を留めたセッティングも、ダイヤモンドの存在感が際立ち、石が大きく見える。いずれも宝石の上面からだけでなく、多方面から光を採り込むことで、輝きを最大限に引き出しているのが特徴だ。
セッティングの細部をクローズアップ。ダイヤモンドを留める3つの爪は、先端を丸めた後、さらに磨いて光沢を出す。ダイヤモンドがケースからはみ出すように見えるので、一段と華やかに感じられる留め方だ。
ラグジュアリーなジャパンメイドウォッチという新しい世界観を完成させたクレドールは、一時代を築き上げたジュエリーウォッチの分野で、今も時計シーンをリードする。「もっと輝く時計を!」見る目を持った女性たちの声に応えて、前へ前へと疾駆する。その煌めきの背後には、日本から世界に発信するブランドであることの矜持が隠されていることを見逃してはならない。
クレドール リネアルクス 手巻きスプリングドライブ GALH987
デザインのテーマは「湖氷」。バゲットカットダイヤモンドを贅沢にあしらって、湖が凍っていく様子を表現。
手巻きスプリングドライブ、18K WG、ダイヤモンド(計5.0カラット)、白蝶貝、ブルーサファイア、ケースサイズ45.1×39.8mm。18,000,000円(税別)
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クレドール リネアルクス GTAS989
マーメイドをイメージした涼しげなデザイン。プラチナにあしらった緻密なダイヤモンドパヴェに職人の技が光る。
クオーツ、Pt950、ダイヤモンド(計1.32カラット)、ブルーサファイア、ケースサイズ32.3×27.7mm。3,200,000円(税別)
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クレドール ジュリ GBBF899
すっきりとしたクリアな印象のメンズジュエリーウォッチ。大粒のバゲットカットダイヤモンドを惜しげなくセット。
クオーツ、18K WG、ダイヤモンド(計1.19カラット)、ブルーサファイア、ケースサイズ34.6×27.5mm。6,700,000円(税別)
詳しくはこちら。
クレドール ジュリ GTTE557
フェミニンにつけられる小さなサイズ。3つの爪でセットされた大粒のダイヤモンドが光を取り込んでまぶしく輝く。
クオーツ、18K WG、ダイヤモンド(計1.26カラット)、白蝶貝、ケースサイズ22.8×20.3mm。3,000,000円(税別)
詳しくはこちら。
問い合わせ:セイコーウオッチ お客様相談室(クレドール)
☎︎0120-302-617
www.credor.com
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