500件以上の投資家と対話
冒頭のマネーフォワードに話を戻そう。なぜ、同社は海外機関投資家から評価されたのか。「まず、大事にしているのは、面談だけでなく、電話会議などを通じて、柔軟に投資家の皆様に対応させていただいているということ。また、メッセージはすべて英語でお伝えするようにしています」、同社の内河俊輔CFOはこう述べる。いまや日本以外、台湾・韓国を含むアジア企業のIR担当者はネイティブのイングリッシュスピーカーは当たり前だ。
みずほ証券田中はこう指摘する。「IRとはコミュニケーションです。例えばレストランでは、メニューの写真や文章のレベルによっておいしさの伝わり方がかなり違います。IRも同じです。実態に近いものを表現するために、伝え方の質を上げなければならないのです」。
また、将来を見越し、対話を重ねるという姿勢も忘れない。内河は言う。「2019年度は新規を含む、年間500件以上の投資家との1on1を行いました。また、時価総額や流動性の問題から現時点では投資対象にしていただけない大型ファンドの方ともお会いするようにしています」。
もうひとつ、マネーフォワードの特徴として特筆すべきポイントがある。それは、「全社にミッション・ビジョン・バリューが浸透しているということではないでしょうか。CEO、CFOをはじめとする経営陣のみならず、社員全員がそれらの理念や行動指針に紐づけて、物事を考え、選択をし、決定します。また、対外的にも、必ず現在の事業コンディションや目指す先をミッション・ビジョン・バリューに結びつけ、語るようにしています」(内河)。
海外機関投資家がどこをどう切り取っても、マネーフォワードの一貫したメッセージが出てくるようにしているという。その必要性はいま現在に限ったことではない。ミッション・ビジョン・バリューでつながったこの企業の永劫不変のメッセージは、成長ストーリーの先にある未来の同社への信頼の架け橋でもある。
日本IR協議会の佐藤は、日本企業の可能性を次のように指摘する。「日本企業には、『現場力』や『人』を見直し、真の企業価値向上につなげることを期待したい。これまで日本企業は、企業文化を前提とした『多くを語らなくてもわかりあえる』という考えがあり、グローバルと比較して多様性への対応が弱かった。ただ今後は、様々な背景を持つ人たちが同じ方向で組織としての価値追求をしていくことを考えると、『理念を前提にした対話』が必要になる。
これからの時代、企業理念を軸に、企業の『独自の個性』を生かして、海外投資家に理解される『価値』もつくり出していくことが重要になってくる。その中で、日本企業の強みを生かす形で新しい価値を生み出せれば、世界的企業とも十分に戦えるのではないか」。
海外投資家が企業に求めてくるのは成長性や経済的なリターンであることは変わらない。そのために、ROEやESGといった、さまざまなKPI(重要業績評価指標)が提示されていくだろう。それに対し、企業は、経営戦略を変化し続けていかなければならない。しかし、時代や環境が変化していく中でこそ、最も重要なのは、その企業の揺るがない理念という土台石である。この変わらぬ企業の意志をいかに伝えていくのか、IRという場で試される。