最重要条件は「エクイティストーリー」
佐藤は、この大きな環境変化の中での新しいIRの姿をこのように説く。「時間軸を短期でなく、中長期的に。そして、『自分たち自身が成長したい』ではなく、いかに『社会のサステナビリティ』という視点が経営の中に入っているのか、それが問われるように変化した」。
そうした変化のなかで、佐藤は、海外投資家が注目するポイントを5つ挙げる。特にこれからの時代に重要だと言うのが、1つ目のエクイティストーリーだ。企業がどう成長し、そのためにどんな資金使途や事業戦略が必要なのかを語る、要はビジネスとしての物語だ。「すでにそれは語っている」と感じる経営者も多いだろう。しかし、そうではない。従前から企業がしてきたような、いわゆる成果を積み上げて描くボトムアップ型のストーリーでは足りない。
自分たちの企業の存在意義を起点に、時代性をとらえながらもアイデンティティに裏打ちされた成長を描く。そして、未来の企業の姿からバックキャスティングし経営戦略を考える。なぜなら、投資家は消去法的に業界内の一番の企業に投資をしたいわけではない。他にはないオンリーワンの価値ある企業に投資をしたいのだ。金融市場がグローバル化する中で、その傾向は益々強くなるだろう。
このエクイティストーリーは、海外投資家が注目する2つ目のESG(環境・社会・企業統治)でも活かされる。CSR活動をやっている日本企業は多いが、それと本業のビジネスがつながっている例は実は少ない。例えば、木造住宅を扱う建築会社が植林をしているとする。これだけを見ると、社会貢献活動のように見えなくもない。だが、20年後に森がなくなると建築資材が欠乏してしまう。だから植林は自分たちの事業をサステナブルにするための投資であると説明する。
このように、ESG含め、さまざまな活動がどのようにエクイティストーリーにつながるのかを、地球のサステナビリティとともに語る企業を海外投資家は求めている。
そして、3つ目のポイント、「対話」。「開示」するだけの時代は終わった。その企業、経営者が信頼できるのか、打ち出す経営戦略に対しどこまでコミットメントできるのかを投資家たちは見ている。それは、経営層にだけ求められることではない。最近は、海外の買収先の企業経営者や社外取締役にロードショーに来てもらったりすることも珍しくないという。
そして、以前からも言われていることでもあるが、次の2つのポイントも大切だ。メッセージを明確にし、1つに絞る。日本人は周辺環境から話し始める傾向が強いが、海外の機関投資家は、メッセージが明確でない企業トップは評価しない傾向がある。
5つ目のロジカルな成長ストーリーと合理的な資産配分。日本企業は現金を持ちすぎだと海外投資家は指摘する。だが、そんなに多額の内部留保を抱えておく必要があるのか問われたとき、ロジカルかつ数字ベースで説明できる企業は少ない。
これらのポイントすべてに応えられる企業は多くはない。一方、海外機関投資家との対話の中で何が求められているのかを把握し、実行することで経営を変える企業もある。本記事の後半に登場するJ.フロント リテイリングがその代表的事例だ。海外投資家との対話によって、よりグローバル視点での経営に気づき、脱・百貨店のビジネスモデルを打ち出し、注目されている。