秦「ご苦労さん。家で話せたってこと?」
成田「いえ、ご自宅の呼び鈴を鳴らしたら不在だったんで、向かいで同じ名字のお宅を訪ねたら、偶然、義父の家だったんです」
秦「義父はどんな反応だった?」
成田「『あの刑事か。俺にも謝りにきたわ。やりかねんな』と言ってました」
A刑事が男性を誤認逮捕した直後、警察は窃盗犯として実名で発表。「窃盗犯」として近隣の住民にも知れ渡ってしまった。本人に謝罪するだけで済む話ではないだろう。
義父は「俺がつないでやるわ」と成田記者の目の前で本人の携帯に電話し、そこで男性と話すことができたという。男性は成田記者に「今さら話すこともないけど、会いたいならいいよ」と後日、取材に応じてくれた。
男性の冤罪事件からすでに12年が過ぎていた。第1次再審請求審で陳述書を出した時点からも7年が経ち、その結果も棄却。「これ以上、他人の事件に関わりたくない」と言われても仕方がなかったが、協力が得られ、ほっとした。
謝罪に来た翌日の新聞を見て「ほんま、驚きましたわ」
ついに記者は「もうひとつの冤罪」の男性と喫茶店で落ち合った(Shutterstock)
6日後、成田記者は喫茶店ですでに50歳近くになったその男性と落ち合った。取材後、電話で成田記者から報告を聞いた。
秦「どうだった?」
成田「ちょうど終わって見送ったところで、いま喫茶店の駐車場です」
秦「どんな仕事をされている人なの?」
成田「大手メーカーの関連会社の工場で働いている方で、定時の退社後に会ってくれました」
秦「例の『自白は強要していない』っていう警察のコメントについては?」
成田「当時の記事を見せたんですよ。そしたら『そうそう、思い出したわ』と言って、『署長らが謝罪に来た次の日の新聞を見て、びっくりした』と言ってました。関西弁で『ほんま、驚きましたわ』と何度も」
滋賀県警が誤認逮捕を発表した2005年11月の記事は、中日新聞の社会面トップの扱い。「『ビデオ酷似』 誤認逮捕/滋賀・虎姫署/男性に謝罪 パチンコ店置引」の見出しで、記事は次のように書かれていた。
〈滋賀県警虎姫署は9日、パチンコ店で他人のプリペイドカードを盗んだとして、窃盗容疑で逮捕した男性について、誤認逮捕だったと発表した。和智義明署長は記者会見で「あってはならないこと。家族や当事者に深くおわび申し上げます。このようなことは二度と起こさないように、適正捜査をしたい」と神妙な面持ちで深々と頭を下げた。取り調べの状況については「自供の強要の事実は確認していない」と強調した。(一部省略。肩書きは当時)〉
そこには、蹴った、という「暴行」も、トイレに行かせなかった、という「拷問」も一切、伏せられていた。