さらに誤解を恐れずに踏み込めば、一般的に、医療と私たち受診者の関係はこうだ。
健康診断だけでなく、病院やクリニックで豊富な知識と経験・最新の情報を持った医療従事者からの指示を受ける。そこから私たちは指示通りに生活習慣の改善に努めるのか、その指示を無視していつも通りの日常生活を送るのか。選択肢は私たちの中にある。
ただ、ほとんどの人がこうだろう。「健康状態に危険を感じるレベルにならなければ、目の前の忙しさを言い訳にして、自身の健康に対して能動的にならない」
人生100年時代と言われる中で、以前と比べて、健康は全ての個人にとっての関心事になったと言える。しかし、自分にとって最適な健康管理・健康維持の方法を、きちんと理解し実践できている人はどれほどいるだろうか。
キーワードは『カラダの分度器』。身体の現在、そして未来を自分で読めるようになってもらいたいというコンセプトを掲げ、従来型の健診スタイルとは一線を画す思想とサービスを提供する健診施設がある。
KRD(ケーアールディー)Nihombashi。院長を務める田中岳史に、幸せに働き続けたい人が行うべきこれからの健康設計について、話を聞いた。
年に1度の健康診断だけで、未来の自分は“守れない”
「健康診断は本当に人のためになっているのだろうか」
一人の医者として、年間6千台の救急車を受け入れ総合病院の院長として、田中が長年抱いてきた疑念だ。
会社員の9割以上は、年に1度健康診断を受診している時代。しかし、心筋梗塞や脳梗塞などによって救急車で運び込まれ、命を落とす人は少なくない。命が助かったとしても、後遺症が残る人もいる。
「健康診断は受けていたんですけど......」
運び込まれた本人や家族は決まって必ず、こう漏らす。自身が院長を務めていた病院では、健康診断や人間ドックも提供していた。だからこそ、田中の中で自戒の念は積み重なっていた
医療の目覚ましい進歩によって、例えば心筋梗塞や脳梗塞といった病気の数は明らかに減少している。しかし、“予備軍”についてはどうだ。田中はこの問いにこう、即答した。
「ビジネスにおいてBCP、事業継続計画という言葉があります。仮に今、震災などの有事が起こった時、会社を通常通り運営できるのか。地震に備えた現状は認識できているのか。その上でデータセンターの耐震、バックアップセンターの確保など。そのための対策を講じることを指します。
これと同じように、まずはしっかりと健診で身体の現状を把握し、理想とのギャップを埋めるためのアクションを考えなければならない。
その上で、生活習慣を変えること。自分の身体に責任を持って日常生活を改善できる人を増やすことが、これからの時代、求められるのではないでしょうか」
医療技術は着実に進歩している。一方、健康維持への取り組みについて、まだ「未知であり無知」な人が多いのも事実だ。
個の“圧倒的な健診データ”を取得し、伴走型でビジネスパーソンを支える
能動的に自身の健康にコミットする人はどうすれば増えるのか。
率直な質問に対し、「まず、医療従事者が伴走者になること。そして、3つのポイントから身体を適切に把握すること」という言葉が田中から返ってきた。
その3つとは意外と思うかもしれないが、『歯』と『目』と『血』。これらの現状を明らかにするという事で状態を把握できるというが、なぜこの3箇所なのか。素朴な疑問をぶつけると田中は、「歯と目と血は、生活習慣病と強い因果関係があるんですよ」と答えた。
歯は全身の健康と密接につながっており、目はカラダの中で唯一血管を直接見ることができる。さらには、血は文字通り全身を張り巡っている。だからこそ、歯と目と血こそが『カラダの分度器』になり得る。
では、それ以外にKRDはどれほど精緻に受診者の傾きを計測するのだろうか。すると、驚くような回答が返ってきた。
まず、受診の5日前から問診が始まり、問診の数はなんと300超。そして、受診から半年後にはフォローアップのための検査が設定され、診断だけではなくその改善のアクションにまで徹底的に付き合う。一人ひとりが自分に必要な情報を具体的に理解し、行動につなげるサイクルを自ら作り出すというのだ。
では、自身の身体の『傾き』を知った上でどう対処していけばいいのか。ここで大事になってくるのは、医師やスタッフから情報提供されるのをただ待つのではなく、自ら考え、選択“させる”こと。そのために、田中は自ら、料理やマインドフルネスなど様々なテーマのセミナーやイベントも、定期的に行っている。あくまでも重視するのは、能動的な思考と行動なのだ。
これだけでも、私たちが受けてきた(いる)従来の健康診断というものとは、全く異なるサービスであることに驚くが、それから、と田中は我々にこう続けた。
「KRDでは健康診断のすべてのデータをクラウド化し、いつでも見返すことができるようにしています。健康診断の結果や医師からのコメントはもちろん、日々の食生活、病歴、労働/生活環境についての問診まで、すべてです。
紙で健康診断の結果を受け取ると思いますが、それっきり、ですよね?そんな現状ではビジネスパーソンにとって意味がない」
今、医療現場では患者が自らの医療・健康情報を収集し、一元的に保存するPHR(Personal Health Record)の取り組みが加速している。
どんな未来が叶うかというと、例えば休日や夜間に救急病院を受診したとき、その医師に患者本人が医療・健康情報を素早く提供し、適切な診断に役立てることができる。また、発熱など軽症で医療機関にかかるケースも多いため、PHRを使って患者本人が医療・健康情報を管理した方が効率的になる、といった具合だ。
そしてPHRを個人が健康管理にも利用し、いつでも適切な診療が受けられる。そんな未来が叶うのだ。KRDが進める健診データのクラウド化も、まさにこの流れを汲んでいる。
「自分の身体に関するデータの推移を見て、未来に向けていま何をすべきか。数字を元に理解してもらい、行動・実践をしてもらうと、結果は必ずついてくる。結果が出始めるのは、3か月から半年後くらい。客観的なデータとしてどれだけ健康になったかがわかれば、その喜びは2度と手放したくないと思うものなんです」
人間とは、危機感のアプローチには必ず慣れてしまう生き物。でも、幸福感には固執する。きちんと実感してもらえれば、人は自分から幸せを得ようと向かっていくもの。その伴走者であり続けたい、それがKRDの“本質”なのだ。
集めたデータはいずれ、“光”に。他の誰かを救う研究に繋がる
自分で身体の傾きを理解し、その傾きを改善するための知識を持ち行動する。一人ひとりが実現できるとしたら、どんな世の中が待っているのだろうか。
「何歳になってもバリバリ働く、おじいちゃんおばあちゃんだらけの国になりますよ」と田中は笑う。「誰の手も借りずに健康に生きる、健康寿命を長くするだけでなく、労働力の中核となるような生産年齢人口も、10歳は引き上げられるはず」
ビジネスパーソンにとっての現役年齢を引き伸ばせるだけではない。例えば、KRDを利用する受診者が増えれば、健康を改善したという“良質な”エビデンスでありデータが蓄積されるわけだ。
各医療機関や研究機関と連携し、それらのデータがポジティブなシーンで利活用されれば、もしかすると国、いや世界の臨床研究を大きく前進させることができるかもしれない。さらには国の社会保障制度を救う手立てともなり得る。
いつまでも元気に働き、社会貢献する人を増やすこと。それは、低下する一方とされる日本の国力の回復にも大きな影響を与えることになるかもしれない。
「外科医として生きてきて、重篤な患者さんを助ける経験はたくさんしてきました。その行為が尊いという気持ちは変わりません。でも、悪いところを見つけて切り取るのではなく、良いところをもっと高めていく。病気にならないようにするということも、医学の大切な役目だと思います」
これまで多くの人が盲目的に捉えてきた当たり前を否定し、幸せに働き続けるための新しい方法を提案する。30年に渡り外科医として生きてきた田中の、医療人としての最後の挑戦は、始まったばかりだ。