ビジネス

2020.05.18

獺祭ブランドの立役者、旭酒造4代目蔵元が語った「ずっと道半ば」の意味

旭酒造4代目蔵元 桜井一宏氏




「今夜の洋食に合わせてみようかなとか、生牡蠣を食べた時に日本酒のことを思い出してくれるとか、身近に美味しい日本酒があれば、現地に暮らす人たちの食文化、世界観を変えていく事が出来ると思うんです」

一方で、海外にだけ注力するつもりはなく、日本国内で獺祭をいかに美味しく飲んでもらうのかについても、引き続き余念がない。海外進出を本格的に進める中で実感するのは、「海外と日本の壁は消えつつあります」という通り、国内と海外の市場はリンクしているということだ。

「フランスのいいレストランでワインを頼む時、やっぱり名が通ってるワインを選ぼうとするじゃないですか」というように、旅行やビジネスで海外から日本に来る人たちが食事をする際、知らないお酒は頼まないのだそうだ。

「海外では獺祭という名前をしっかりと認知していただく。そして来日時には獺祭が、いい店で美味しい酒としてしっかりと提供されること。国内外の両方でしっかりと存在感を示すためにも、国内も一層頑張らなければいけません」

日本酒に完成形はない。自分たちの思う“美味しい”を追求し続けるだけ


頑張るというのは、販路についてだけではなく、当然美味しさの追求もそうだ。それは、桜井氏の「どこまでいっても完成形はないと思っているんです」という言葉に集約されている。今では一般的となった純米大吟醸は、その形が出来上がったのは90年近く前のこと。米を一粒ごとに磨き上げる、精米機の技術が繰り返し進化したことで、現在に至る。

「今が最高だったら、日本酒はそこで止まってしまう。変化することで更なる高みを目指していかないと。日本酒ってそういうものだと思っています。だからこそ、日本酒を作る側の私たちも変わっていかなければ」

ただ自分たちが変化するだけ。周囲を気にする様子のなさを感じる一方で、獺祭を擁する旭酒造には、否が応にも、焦りや刺激をもたらしてくるライバルのような存在はないのだろうか。



すると、「もちろん、あの酒蔵さんはすごいとか、ここを見習いたいということはありますよ」とした上で、「脅威になる強力なライバルという意味では、アマゾンとかグーグルでしょうか」という答えが返ってきた。

「アルコール製造業者ではない感覚や強みを持った企業が、違う感覚でお酒を扱うといったようなことが起これば、脅威になるかもしれません」とし、LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)で、『ドン・ペリニヨン』をはじめとした高級ブランドの醸造最高責任者を務めていた、リシャール・ジェフロワ氏が、富山に酒蔵を建設中であることにも注目していると明かした。

「シャンパーニュを手がけてきた人が、日本で日本酒に挑戦する。日本酒一本でやってきた私たちとは方向性は違うけれども、違うからこそ、日本酒にこれまでとは全然違った可能性を見出すことができるかもしれない」

とはいえあくまでも、敢えて挙げればということであり、ライバルは気にしてはいない。さらに言えば、マーケティングも重視していないため、国内はもちろん海外進出時に、国毎の嗜好(ヨーロッパでは酸味が好まれアジアでは甘みが好まれるといった、)に左右されることもない。



「ただ、私たちがその時に出来る最高の美味しさを追求して変化し続けるだけです。ずっと道半ばです」

道半ばという桜井氏が発した言葉から見えたもの。それは、独自の指標で変化し続けるからこその、流行に左右されることのない獺祭への絶大なる支持と、獺祭の変化こそが日本酒の進化なのだという期待。つまり獺祭ブランドの強さの理由だった。

文=伊勢真穂 写真=西川節子

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