抗議文はこう続く。
「なお後日、西山は他院の精神科医師による『Adjustment disorder』すなわち急性ストレス症候群の診断のもと入退院をした。西山は本人の希望で12月24日をもって湖東記念病院を退職した。Sも7月初旬に行われた3日間の不当な事情聴取が原因と思われる心的外傷後外レス症候群(PTSD)によって今なお精神科医師によるカウンセリングを受けている」
患者死亡から半年後、何の罪もない西山さんが、警察のひどい聴取がトラウマとなり、職場を去ることになった。すでにこの時点で西山さんは、滋賀県警の無謀な捜査の犠牲になっていたということになる。
無罪判決が出る前に事件への思いを語った西山美香さん=Christian Tartarello撮影
「捜査当局の乱暴な論理」
抗議文には、警察による筋書きの決めつけが赤裸々に暴露されていた。
「この事件は『勤務中にもかかわらず仮眠をとり、アラームが鳴っていることに気付かなかったSが、自らの責任を回避するため、西山、K(看護師)に圧力をかけて仕組んだ創作劇である』という捜査当局のきわめて乱暴な論理」「病院側は7月9日、10日の両日にわたり湖東記念病院病院長室で○○警部から捜査状況の説明をうけ、未解明の問題はあるものの、その基本方針が『眠っていたSの犯罪性を明らかにすることにある』との報告を受けた。この際、警部から『Sのような看護師を湖東記念病院で雇用し続けることは、新たな医療事故を招きかねないと思います』との忠告も承った」
病院側は、憤りを隠さず、次のように県警の乱暴な捜査を指弾した。
「看護師や看護助手に自白を強いてつじつまをあわせる類いの前時代的な捜査方法は稚拙の誹(そし)りを免れ得ず、そうした態度からは何らの真実も明らかにすることは出来ない。創作劇の作者はSではなく捜査当局自身である。(中略)今回の事故が安易に1看護師の犯罪として矮小(わいしょう)化され終局を迎えるとすれば、我々は患者の死を無駄にし、生きた人間を精神的に抹殺してしまうばかりか、必ず次の犠牲者を生むことになる」
この予言めいた不吉な言葉の通り、10カ月後、西山さんにぬれぎぬを着せるという形でまさに現実になってしまう。
密室で精神的に追い詰め、思考不能に陥れる〝たたき割り〟で一度はS看護師に「アラームが鳴っていた」と言わせた滋賀県警だが、正気に戻ったS看護師が署名を拒否したことによって、初動捜査で「看護師の居眠りが原因の業務上過失致死」で事件の早期決着をはかる、という狙いは失敗に終わる。