秦「本当なんかね?」
角「本当じゃないでしょ。分かりませんけどね。人が死ぬ場面なんて、見たことないんで」
秦「そうだよな。しかも、息を止められて殺される場面だもんな。殺人犯しか見られないわ」
角「漫画みたいでしょ」
秦「漫画家だって、実際に見た経験をもとに描いているわけじゃないだろ」
角「警察官も見たことある人、たぶん、いないでしょうね」
秦「現場で見るのは、死ぬ間際じゃなくて、死んでから、だもんな」
支局の中で、2人は思わず笑いながら、話がどんどん脱線していった。そして、角記者が話を本題に戻した。
角「これを、迫真性がある、なんて、裁判官はいったい、何を根拠に言うんですかねえ」
秦「判決でそう言ってるの?」
角「そうなんですよ」
なんと判決文にも。犯行の様子は「迫真性に富んでいる」
角記者は再びパソコンの判決文のファイルをクリックし「ここです。『自白の信用性』の項目で『自白の具体性、合理性』というところです」と言って指で示した。
「本件犯行に至る経緯、犯行の動機、犯行時や犯行前後の行動など、きわめて詳細かつ具体的なものである。とりわけ被害者の死に至る様子は実際にその場にいた者しか語れない迫真性に富んでいる」
秦「本当だねえ。びっくりだわ」
角「わざわざ『とりわけ』って書いてますから、これぞ迫真性、と感じたんでしょうかね」
秦「裁判自体が漫画のような話だな」
角「一審から法廷で弁護側と検察側がやり合った揚げ句に、結局、こうですから」
西山さんはなぜ、迫真性あるストーリーを語ったことになったのか。 (Shutterstock)
西山さんは、患者が死にゆく場面の供述を法廷の被告席でこう語っている。以下の弁護人とのやりとりを見ていただきたい。
弁護人 殺してないんだったら、Tさんが苦しがってるとこ、見てないでしょう?
西山さん(うなずく)
弁護人 見てないのにどうして言えたのかな?
西山さん 苦しがってやる(=いる)というのですか?
弁護人 うん。
西山さん 苦しかったんやろうなと思って。
弁護人 目を大きく開いてとか、顔がだんだん色が変わってきてとか、看護助手の経験で分かってたの?
西山さん ほこ(=そこ)まで分からなかったけど、そういう感じやろうなというのは思ってました。
大津支局での打ち合わせの8カ月後、私たちが和歌山刑務所に出した手紙で同じ質問をすると、彼女からこんな返信が届いた。
「A刑事にゆうどうさせられて/自分で、だいたい苦しい息ができない時はこんなふうなのかな、と思ったりもしました(原文ママ)」