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2020.03.05

いかにリスクを取るか──ベンチャーキャピタルの歴史を紐解く

Erce / shutterstock.com


──VC活動の拠点は、どのように東海岸から西海岸へと移ったのでしょう?

ARDはもちろん、(現在はシリコンバレー本拠の主要VCである)グレイロック・パートナーズももともとはボストンで設立され、前出のベンロックもニューヨーク本拠など、初期のVCは東海岸が中心だった。だが、(59年に)シリコンバレー初のリミテッド・パートナーシップ型VC、ドレイパー・ゲイサー&アンダーソンができて以来、60〜70年代には、シリコンバレーに多くのVC企業が誕生。ロングテール投資が普及するにつれ、西海岸の重要性が増していった。

半導体開発の技術者を数多く輩出したカリフォルニア大学バークリー校など、大学のエコシステムもVCの構築を後押しした。シリコンバレーの企業への軍事費投入(注:軍事用品に使うハイテク機器や国防関連のソフトウェア開発など)も、ハイテク業界の発展やVC隆盛に重要な役割を果たした。

また、年金基金加入者の受給権保護などを定めた従業員退職所得保障法(ERISA)の規制が70年代後半に緩和され、年金基金がVCなどのオルタナティブ資産分野に投資できるようになったことも、非常に重要な意味を持つ。VC業界でリミテッド・パートナーシップが主力になった背景には、投資活動の開示義務がないことや、成功報酬への課税が通常の所得税率より低いという節税効果が挙げられる。こうした利点を考えると、リミテッド・パートナーシップの普及は必然だったと言える。

未上場市場拡大の影響は?


──米国では5年前、未上場企業の資金調達額が新規株式公開(IPO)による調達額を抜きました。米スタートアップ史上初めてのことですが、両市場の融解は歴史上、必然なのでしょうか。

いや、必ずしもそうではない。2001年のITバブル崩壊前と違い、スタートアップがIPOを急がなくなったのは、未上場市場で(投資資金を回収する)エグジットの機会が増えたためだ。仮にソフトバンクが資金調達ラウンドの後期段階で参入した場合、莫大な資金が投入され、IPOは必要なくなる。一方、上場による開示義務が企業に規律と健全性を生み、企業価値の透明性が増すことを考えると、未上場市場の拡大には危険が伴うのも確かだ。

今やソフトバンク・ビジョン・ファンドが米企業に出資する額は、ITバブル当時、米VCセクターが国内企業に投じた総額に匹敵し、その影響力は甚大だ。米VC企業が同社に対抗すべく資金集めに奔走し、業界が資金であふれ返れば、リターンが下がり始める。

──米VC業界の将来をどう見ますか。

資金調達規模がさらに拡大するだろう。だが、歴史的に見て、未上場市場に大量の資金が流れ込むとリターン低下を招きやすい。それが問題だ。例えば、ソフトバンクが、出資先の米ウィーワークや米ウーバー・テクノロジーズがつまずく中、突出したリターンを生み出すのは至難の業だ。業界にとって、今後の課題はスター級のリターンを維持できるかどうかだろう。

一方、未上場企業への投資は、市場支配力に訴える大企業の独占を阻み、既存業界を「創造的破壊」で一新する。VCは、大胆な技術革新や創造性を実現するための最も重要な資金調達手段だからこそ、明るい未来が待っていると思いたい。


トム・ニコラス◎英国出身の経済学者であり、現在、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)のウィリアム・J・アバナシー経営学教授。オックスフォード大学で博士号取得。HBSの前はMIT、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで教鞭をとる。

インタビュー=肥田美佐子

この記事は 「Forbes JAPAN 1月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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