鈴木健の目にも浜本階生の目にも、それは通過点にしか見えていなかった。2019年に入ってからスマートニュースでもっとも大きな話題といえば、日本で3番目のユニコーン企業(未上場で時価総額1100億円超)に選ばれたというニュースである。今年はアメリカ市場でもついに「選ばれるアプリ」となり、成長比率でいえば、ユーザー数が前年比5倍、日本も含めて世界全体で5000万ダウンロードを記録した。ニュースを名前に冠したアプリに限れば、世界でも有数のアプリへと成長した年でもあるはずだった。だが、彼らはこうした事実の感想を聞いても、一言目には「嬉しい」とは言うものの、周囲の狂騒と一線を引いているかのように語るのだ。
「まだまだですよね。アメリカでも成長はしていますが、もっとやりたいことがある。まだできていないところのほうが大きい」(鈴木)、「鈴木と同じです」(浜本)といった具合に。そこに鈴木と浜本の異能さを垣間見ることができる。
凡庸な経営者は数字の拡大を熱心に話し、いかに自分、そして自分たちの企業がすごいかをとかく自慢げに語る。ところが、鈴木たちは違う。一義的には経営者として数字はチェックしているが、本当に追いかけているのは「良質な情報をテクノロジーの力で、ユーザーに届けていきたい」(浜本)という夢だ。彼らは、浜本が語るような最初期のインターネットに技術者が託した夢を、今でも大真面目に追求している。
大きな夢があるからこそ、インターネットがもたらしたと言われる分断という課題にも、テクノロジーで解決するための模索を続けている。米国版では、トピックごとに、表示されるニュースについて、リベラルと保守のバランスをユーザーがコントロールできる、ポリティカル・スライダーという機能を実装した。バーをスワイプすることで、リベラル派と保守派はどのようなニュースを読んでいるかを知ることもできる。政治的な分断を放置せず、対立する相手が何を好むかを知るところから始める機能と言えるだろう。
鈴木も浜本も企業としての姿勢は、表層的な言葉ではなく実装できる技術で示すことを大切にしている。
「アメリカでは政治的偏りがないことをセールス上もポイントにしています。これは、政治的にニュートラルであるという意味ではない。そんなものはありえないからです。私たちが可能であり目指しているのは、どちらにも偏らないこと。可能な限り政治的立ち位置によるバイアスを排するアプリであろうということです」と鈴木は語る。
さらに鈴木が身を乗り出して語ったのは、「エンジニアの社会的責任」だった。