アマチュアから4つのカテゴリーを駆けあがり、昨夏に移籍したヴィッセル神戸ではついに日本一のタイトルにも輝いた。新国立競技場の歴史に名を刻む記念ゴールで、見事なサクセスストーリーを成就させた、当年30歳の苦労人藤本を支え続けたものとは。
サッカーをメインにスポーツの世界を4半世紀以上も取材してきて、記事のなかで用いるのをためらう表現がある。それは「ラッキーボーイ」であり、あるいは「持っている」である。
いずれも耳に心地よく響いてきて、使い勝手もすこぶるいい。ゆえに結果を出すためにアスリートが必死に積み重ねてきた努力を、たったひと言で覆い尽くしてしまうほどの強烈な「副作用」を伴う。
しかし、ヴィッセル神戸で「9番」を背負うFW藤本憲明は、これらの言葉を自ら好んで発信する。直近ならば、柿落としマッチとなった天皇杯決勝が開催された元日の新国立競技場、試合後のヒーローインタビューで、藤本は笑顔を輝かせながら甲高い声を響かせた。
「ラッキーボーイで―――す!」
音引きされた「で」と「す」の間は、時間にして3秒ほどだっただろうか。5万7000人を超える大観衆の前で発揮された驚くべき強心臓ぶりに、思わず吹き出してしまった。誰もが注目した新国立競技場での第1号ゴールを決めた心境を、問われた直後のことだった。
「1点目はルーカス(・ポドルスキ)がいいところに入ってきてくれたので、自分は飛び込むだけでラッキーな得点だったんですけど、2点目は…、2点目こそがラッキーなのかな」
そして、ちょっとだけ間を置いて、思い切り息を吸い込む。昨年8月で30歳になった藤本憲明というオールドストライカーの存在をアピールするかのように、声のボリュームを一段と上げて、思いの丈が込められた「ラッキーボーイで―――す!」が飛び出したわけだ。
藤本は「1点目は」と言っているが、前半18分に決まったヴィッセルの先制点の得点者は、試合中に、藤本からオウンゴールへ訂正された。ペナルティーエリア内の左側でMF酒井高徳がボールを奪い、こぼれ球を拾った元ドイツ代表FWルーカス・ポドルスキが相手キーパー、クォン・スンテの至近距離から強烈なシュートを放った。
とっさの反応で何とかシュートは弾き返されたが、こぼれた先にアントラーズのDF犬飼智也がいた。正確に言えば、こぼれ球に備えて相手ゴール前に猛然と詰めてきた藤本を、慌てて追走してきた犬飼がいた。次の瞬間、ボールは犬飼の身体に当たってゴールネットを揺らした。