彼の名刺は見慣れない正方形だった。
「升をイメージしました」
こだわりの強い人なのか?と思ったが、もちろんそれは感じるところもあるが、話を進めていくと、とても現代的で、柔軟な思考法が明らかになる。
「社長職に就いたのが2016年。いま、やっと3年たったところです。先代の母(現・会長)が病に倒れて、急に継ぐことになりまして。それまでは建材関係の会社で営業職として働いていました」
経営者となった木村さんがまず着手したのが販路の整理。自社のブランド銘柄「利他」を神田地域のみの販売としたのだ。
「ホテルさんとのお付きあいや、ECサイトでの販売が中心でしたが、売り上げの伸び悩みが課題でした。そこで販売の範囲を思い切って絞りました。販売地域を神田駅周辺に限定することで、神田生まれのブランドという想いを伝えることにしました。私が社長になって半年後のことです」
さらに、1年後にはパッケージデザインも一新。商品や会社のストーリーが伝わるよう、江戸時代を連想させるような絵柄メインのラベルへと変更したのだった。
「まず地域を限定したことでプレミアム感が醸成され、売り上げが伸びました。パッケージの変更はモダンなイメージへとつながり、売り上げは社長就任時から4倍に増えました。社内外から反対もありましたが、決断を貫いてよかったと思っています」
そんな柔軟性と強い意志を併せもつ木村さんが愛用する腕時計は、ボーム&メルシエの「ボーマティック」である。
「身に着けるものはシンプルなものが好きなので、そういう時計を探していました。文字盤はネイビー。美しさに惹かれて選びましたが、あらためて自分が持っている小物類を見てみると、ほとんどがネイビー。色に強いこだわりがあったわけではありませんが、身に着けていて安心する色です」
ボーム&メルシエが100年以上途絶えることなく続く時計ブランドであることも、選択のポイントだったという。
「歴史を経て愛されてきたものには強さがあります。しかし、日本酒において味や香りが重要であるように、時計においては実用的であることも重要です。ボーマティックは視認性が高いし、磁気に強い点が極めて実用的。この1本と、何十年も先まで付きあいたいと思ってます」
伝統の継承と新機軸の導入という木村さんの経営思考は、ボーム&メルシエと共通するところでもある。「神田を“日本酒の街”にしたい」という木村さんの夢が実現したときには、腕に「ボーマティック」が巻かれていることだろう。