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2019.11.03 12:00

広告ってなんだ? 「服をメディアにする」ヌケメの頭の中

アーティスト ヌケメ

カレーをプリントしたTシャツに、詩を刺繍したキャップ。そして不規則に破れたニット。どれも一目見たら忘れない、インパクトのある作品ばかりだ。

これらを手がけたのが、データに意図的にバグやエラーを起こさせる「グリッチ」の手法を用いた作品などで知られ、今や世界で活躍するアーティスト、ヌケメだ。マーケティングの参考にもなる、ヌケメの作品作りとは。

消費者が代金を支払った上で宣伝する仕組み

高校までを岡山で暮らしたヌケメは、大阪の服飾専門学校に進学。卒業後、上京した。その後は、デザイナーズブランドのアシスタントやパタンナーのバイトをしながら、自らの作品制作にも取り組んだ。

当時、自分が何者かはまだよく分からなかったが、「アパレルのデザイナー」という肩書きはしっくりこなかった。一方で、ずっと温めていたアイデアがあった。それは「服をメディアとして捉える」というものだ。

きっかけは、自分の「おでこ」を広告媒体にする海外のサービスを知ったことだ。おでこに企業ロゴを貼って外出すれば、広告収入が得られるというこのサービス。それを知ってからというもの、「広告ってなんだろう」と考えるようになった。

よくよく考えてみると、ブランドロゴが入ったTシャツも、ある意味広告だ。消費者は、代金を払って買ったにもかかわらず、さらに広告させられている。この「ねじれた感じ」が面白いなと思った。そういうアプローチで洋服というものを捉えてみようと考えるに至った。


ヌケメ帽には短い詩が刺繍されている

このアイデアから生まれた代表作の一つが、「ヌケメ帽」だ。黒もしくは白地のキャップに、印象的な日本語のフレーズが刺繍されている。このフレーズは、ヌケメと親しい詩人の辺口芳典氏が考えた、短い詩。ヌケメに言わせると、ヌケメ帽の着用者は代金を支払った上、辺口氏の詩を宣伝しているわけだ。

10年ほど前に発売したヌケメ帽は、アイドルが好んで着用したり、有名雑貨店が取り扱いを始めたりした結果、徐々に認知度が向上。今も年間100個のペースで売れ続けているという。

刺繍ミシンのデータを破壊する

バイト生活を送りつつ、作品制作にあたっていたヌケメの名を世間に知らしめた作品が、「グリッチ刺繍」だ。コンピューターミシンの針の作動データに、グリッチ(バグやエラー)を起こさせ、そのまま刺繍として出力。すると、少し崩れたデザインとなる。

グリッチとの出会いは、東京藝術大で開かれたワークショップだった。プログラマーでアーティストのUCNV氏らが講師を務めていたそのワークショップで、ヌケメは基本的なデータの「壊し方」を学んだ。彼の班は、カラオケの映像にグリッチを起こした。カラオケ画面に表示される歌詞の部分は触らず、映像だけを壊す。すると、カラオケの映像は目まぐるしく動くが、表示される歌詞の部分は動かない。

それからしばらくして、たまたま友人から刺繍ミシンを安く譲ってもらった。その時に「刺繍ミシンのデータも壊せるのでは」と仮説を立てた。実行したところ、これもうまくいった。グリッチ刺繍が生まれた瞬間だった。
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文・写真=田中森士

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