2012年、グリッチ刺繍は、第16回文化庁メディア芸術祭で審査委員会推薦作品に選ばれた。それがきっかけとなり、オーストリア・リンツで開かれるメディアアートの祭典「アルスエレクトロニカ」で、展示とワークショップの話が舞い込んだ。海外進出の第一歩だった。
「ちょっとした気持ち悪さ」を作品に
グリッチ刺繍で手応えを感じ、かつ世界中のグリッチネットワークにも受け入れられたヌケメ。次の作品もグリッチで作ると決めた。選んだ素材は、ニット。刺繍は服などの一部分に施すのに対し、ニットは服やマフラーなど、そのものを作ることができる。発展形としてちょうどいいと考えた。家庭用機材が世界中で普及していることも、理由の一つだった。
グリッチニット発表後、世界中からワークショップの依頼が舞い込んだ
驚いたことに、ワークショップの依頼数は圧倒的にグリッチニットが多かった。バンコク、台湾、香港。ヌケメは世界中を飛び回った。ベースのデザインを入念に行い、使用する糸の種類にこだわったことが奏功したのかもしれない。加えて、ニットの「編み機」は、世界中に存在する。
編み機を使っている世代の目には、それをパソコンにつないで使っていることが新鮮に映った。逆に、パソコンを使っている世代は、編み機という機械そのものが新鮮に映った。どの世代にとっても新鮮な体験を与えることができという意味で、ニットは極めて優れた素材であった。
服をメディアとして捉えた作品制作にあたるヌケメが、もう一つ重視しているものがある。それが「ちょっとした気持ち悪さ」だ。
ヌケメは、有名企業のロゴや有名キャラクターのデザインを、グリッチ刺繍によってあえて崩した作品を発表している。こうしたデザインは、見慣れているため、多少壊れた状態でも認識することができる。目の前のデザインは壊れていても、頭の中には壊れてないデザインが同時に浮かんでいる。その差を脳が埋める時、ほんの一瞬の「気持ち悪さ」を感じるのだという。「何か変だな」と。
これにどんな意味があるのか。ヌケメによると、「思索的」に物事を見るようになるという。「何か変だな」というのは、考えるきっかけ。なぜ変なのか、何が変なのかを、じっくり考えることにつながるのだ。
「何も考えず普通に過ごすことは、いくらでもできる。しかし、当たり前だと思っているものの構造について、ちょっと立ち止まって考えてほしい。もちろん、知らなくたって生きてはいける。しかし、考えることで、工夫の可能性が広がる。知らなくても生きていけるけど、知った方が面白い」
ヌケメ作品には、こうした強い思いが込められている。