江戸時代に日本に伝わったとされる『水滸伝』は、これまで何度も翻訳され、様々な脚色を施されながら、読み継がれてきました。なかでも、北方謙三氏が描いた本書は「北方水滸伝」と称され、多くのファンに支持されています。
父の書棚にあった北方水滸伝を読んだのは、今から10年ほど前。活き活きと描かれた登場人物たちの姿に魅了され、単行本全19冊とこの物語から派生したシリーズ『楊令伝』と『岳飛伝』まで、あっと言う間に読破しました。今では年間100冊は読むほど読書好きになった、私の原点になった作品です。
水滸伝の舞台は、12世紀の中国。主人公である宗江は腐敗した政府を倒して、民のための理想の国家を造ろうと、仲間を集め、官軍に挑みます。
10年前、すでにベンチャーキャピタリストとして仕事をしていた私は、本書を読みながら、その宗江の姿を自然とベンチャー起業家に重ね合わせていました。たとえば、ベンチャー起業家が成功するためには、確固たるビジョンとそのビジョンを実現するための緻密な戦略、良きパートナーが必要です。
宗江は「理想の国を造る」という大きなビジョンを掲げ、現政府の問題点を的確に指摘するとともに、それを世に広め、自分が「何のために理想の国を造るのか」「その理想の国を造ることで、世の中をどう変えることができるのか」を明確に示しました。
そして、そのビジョンに賛同してくれる豪傑で多才な仲間を108人集め、その仲間たちに支えられ、補ってもらいながら、ビジョン実現のために邁進していくのです。また、当時は貴重とされていた塩を売買する商人たちを取り込み、必要な資金をも手中にしました。
ドイツの政治家であるビスマルクは「賢者は歴史に学ぶ」という言葉を残しましたが、まさに歴史小説である本書から、起業家としての心構えや成功する方法を学びとることができます。
今回、この記事を書くために久しぶりにページをめくったのですが、実は、読む視点が少し変わっていました。それは、個性的な仲間を束ねる主人公の魅力やその苦悩、豪傑たちや敵対する人物の心の動きを、以前よりも強く意識するようになっていたこと。この変化は、私が3年前、36歳で上場VCの社長となり、地域金融機関と共に「地方創生ファンド」を組成するという新たな挑戦への歩みを進めてきた中で、自らの役割や責任が当時とは違ってきたからなのでしょう。このように、読む人のその時の立場や環境によって、指し示してくれるものが変わるのも本書の魅力のひとつです。
次に読む時は、私にどんな教えを与えてくれるのでしょうか。これからも、何度も読み返すことになりそうです。
まつもと・なおと◎1980年生まれ。2002年、神戸大学経済学部卒業後、フューチャーベンチャーキャピタルに入社。11年取締役を経て、16年1月より代表取締役社長に就任。入社以来、ファンド企画、募集からベンチャー企業への投資実行、育成支援まで、VC業務全般を経験。