原点は時計にあり プリント技術で切り拓く新時代

セイコーエプソン代表取締役社長の碓井稔


入社後最初の仕事はインパクトドットマトリクス式プリンターの作動音を静かにすることだった。機械部分を徹底的に検証した結果、原因は機械ではなく紙の押さえ方にあると発見し、改善提言を発した。言われた通りに仕事をするだけではなく、柔軟な発想で問題の本質に辿り着く姿勢で、入社当初から碓井の技術者としての性質が、すでに表れているようにも思える。世界的企業のトップに立った今も、技術の本質に対する考え方は揺らいでいない。

碓井の重要なキャリアは、やはりマイクロピエゾ方式のインクジェットプリンターの開発を率いたことだろう。この特徴は、液体であればなんでも吐出できる、汎用性の高さにある。90年前後、インクジェットといえば、インクを加熱して、生じた気泡でインクを押し出す安価なサーマル式が先行していた。沸騰させるという原理上、水性インクでなくてはならず、加熱による変性の少ないインクも必要になる。当時は他社にない方式で、品質で勝るプリンターを開発しなければ未来はない状況だった。

そこで、電圧によって伸縮する性質を持つ「ピエゾ素子」に着目。この伸縮を利用してインクを圧力で飛ばす「ピエゾ式インクジェット」は、インクを沸騰させず、かつピエゾ素子はアクチュエーターとして直接的にインクを押すため、どう吐出させるかのコントロール幅も広い。大きくて高価だったピエゾ式インクジェットを、ホームユースに適するレベルにまで小型化・低価格化ができれば、インクの吐出コントロールに長けるピエゾ式には勝機がある。碓井のチームは粘り強い開発で、独自のマイクロピエゾヘッドを作り上げた。93年のことだった。「エプソンといえばプリンター」の始まりである。

ものづくり集団の正体

セイコーエプソンの本社は、諏訪湖や山々を望む風光明媚な場所に位置する。

「会社が大きくなってくると、世の中を良くするというより、あのライバルに勝たなくてはならない、とい
う風になりがちです。そういった競い合いからは距離を置いた環境だからこそ、より良い社会を作り出していこうと向き合って来られたと思います。技術は人々のため、役に立たなくてはならないのです」

そして碓井はこう加えた。「我々の技術のベーシックにあるのは時計ですから」。
次ページ > 脈々と受け継がれる、ものづくりのDNA

文=三井三奈子 写真=帆足宗洋

この記事は 「Forbes JAPAN 社会課題に挑む50の「切り札」」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事