“装置”としての建築
連載第15回にも書いたのだが、僕には北海道・美瑛(びえい)に、いまかいまかと別荘建築を望まれている土地がある。
10年前のことだ。琉球料理研究家・山本彩香さんの料理を那覇で食す機会があった。そのとき隣り合わせたご夫婦が、ドラマ『北の国から』の舞台として有名な美瑛に住んでいるという。「遊びに来てください」という言葉に甘えて訪ねてみれば、ご自宅の眼前に広がる丘陵地帯は目を見張るほどの美しさ。まさに家を建てるならこんな所、という理想の場所だった。
ご夫婦は僕の素直な感想に耳を傾けて、こう言った。
「お気に召したのでしたら、うちの土地、広いので、家を建てたらいかがですか?」
もちろん冗談だと思っていたのだが、後日、土地の造成が完了したという連絡が入り、僕は仰天した。
とはいえ、普通の別荘を造ってもつまらない。考え付いたのが、「世界で最も贅沢な書斎兼世界で最も小さい図書館」というコンセプトだ。書斎を造り、作品をいくつか書き上げ、読みたいという奇特な人はこの家まで足を運ぶべしというルールを課す。「地産地消」ならぬ「地書地読(ちしょちどく)」を徹底するわけだ。
そのような“装置”としての建築は、ひとつのアートにもなり得るのではないだろうか?──隈研吾さんに会った時にそんな話をし、設計をお願いできないか尋ねると、「ぜひやろう!」と乗り気になってくれた。僕らは美瑛を訪れ、プランを練った。だが、実際に別荘が完成したところで、そうそう美瑛まで通えるはずもなく、話は夢物語のように自然と立ち消えてしまった。
絵画を所有するように
ミラノサローネの帰り、僕はスイスに寄り、海抜1200mの山中にある巨大な温泉施設「テルメ・ヴァルス」を訪れた。
地下を通ってスパにたどり着くと、水温32℃の浴槽の周囲に、42℃の「火の浴槽」、14℃の「水の浴槽」、花びらが散らばる「花の浴槽」など温度、光の加減、水音の反響音などテーマごとに異なるスパが幾何学的に配置されている。見える景色も内部の設計もすべてがダイナミックで、湯道(連載第40回に詳しい)を提唱する自分にとって学ぶものも大きかった。
とはいえ、思索にふけるにはやはり狭いほうがいいと思ってしまったのは否めない。不思議なことだが、広い空間では思考が外へと散っていってしまい、自分の裡(うち)には向かない。むしろ、2畳ほどの茶室は心を裡に向ける最たる空間だろう。
お茶を点て、花を愛で、庭の植栽や風情を眺め、畳に寝っ転がってぼんやりと考え事をする。もしくは考えない時間を過ごす。すべてがギリギリまで削ぎ落とされた究極の空間、それが茶室の魅力ではないだろうか。