今から19年前の2000年11月1日深夜0:00。日付が変わった瞬間、その米国の巨大サイト、アマゾンの日本ドメインがインターネット上に生まれた。「アマゾン ジャパン誕生」。すなわち「http://www.amazon.co.jp」のURLがアクティブになった瞬間である。しかしその胎動は、遡って1997年頃から始まっていた。
そしてそこには、まったく知られていない物語の数々があった。
筒井理枝がアマゾン・ドット・コムの存在を知ったのは、1997年ごろ、当時交際中だった夫を通じてのことだ。単身寮で北京に駐在していたメーカー勤務の彼が、北京から洋書や洋楽CDをアマゾン・ドット・コムでアメリカから取り寄せ、購入していたのである。
「すごいよ、中国からアメリカに注文しても何でもちゃんと届くんだ、これはすごいオンラインストアだぞ」
その後、筒井は、当時勤務していた紀伊國屋書店を退職して、結婚。北京に渡ったのち、夫婦そろって日本に帰国したのが2000年のことだった。
「外資系IT企業日本支社オープンにあたり、書店勤務経験者求む」
そして、帰国後、夫が転職サイト「daijob.com」に掲載されていた「外資系IT企業日本支社オープンにあたり、書店勤務経験者求む」の求人を見て、筒井の履歴書を英訳し、筒井本人には知らせずに送ったのである。
だから当然、何も知らない筒井は、アマゾンの人事担当から「面談したい」という連絡が来て、驚いた。しかし、夫から「おもしろそうじゃないか、とりあえず会ってみなよ」と背中を押されたことで、所定の日付、夜6時に新宿のシェアオフィス「リージャス」の30階にあるオフィスを訪ねた。
待ち受けていた人事担当者、北野美香からNDA(機密保持誓約書)にサインをさせられると、長谷川純一、西野伸一郎がドヤドヤと面談室に入ってきた。そして、挨拶もそこそこに、矢継ぎ早の質問が始まったのである。
「日本の書店ってどうやって儲かってるの」「本屋さんの人って1日どんな仕事してるの」「取次にも数社あるみたいだけど『トーハン』と『日販』の違いって何」……。聞かれるのは出版流通に関することばかりで、筒井個人に対する質問は一切ない。これは、自分を採用するための面接ではなかったのか? と訝りながらも、筒井は回答していく。
質問と応答が2〜3時間ほど続いたところで、「これまでいろいろと、書店関係者に声をかけたものの、面接にすら来てくれないんですよ」と長谷川と西野が同じようにため息をつく。
「そりゃあそうです」と筒井は即座に答える。
「書店や出版社は、体質的に、システム化が根本的に遅れている業界。ITとかインターネットとかからは一番遠い存在です。それに加えて、今は出版バブルで、書店数もピークに達しています。出店の動きも多いし、人材も必要とされている。わざわざ、まったく知らないIT業界なんかに転職する酔狂な書店員はいませんよ」
数時間後、ようやく解放された筒井は、「自分に興味があって採用したいというのかと思ったら、業界情報を仕入れたいだけだったのか」と肩透かしされた気分ではあったものの、「まあ、めったに会えない面白い人たちに会えたからいいことにしよう」と考えながら家路に着く。