しかし、無事に出産を終えてしまうと、じわじわと高じてくるイタリア熱を抑えきれず、乳飲み子を連れて1週間だけ、いざイタリアへ。いつもより短期間ということもあったが、その旅が予想外に楽だったことに味をしめて、さらに欲が出てきた。
1年間の産休・育休は、どんだけイタリアに行っても誰にも文句を言われない千載一遇のチャンスではないか。明ける前にもう一度行っておかねばと、会社に復職する直前の10月、約1カ月間のイタリア行きを意気揚々と計画する。しかし、周囲の反応は至極正論であった。
「ええっ! 赤ちゃんと2人でイタリア行くの? そんな無謀な!」
「飛行機、10時間も乗るんでしょ?」
「あんなに、しょっちゅう、熱を出しているのに大丈夫なの?」
前回は夫も夏休みをとって一緒に行ってくれた。それに言われてみれば、子供が生まれてから今まで、母子2人だけで出かけたところといえば地元の保健所の健診くらいだ。飛行時間は10時間どころか12時間半、いや、乗り換えもあるから正確にはもっとかかる。そしておっしゃる通り、慣らし保育で保育園に通わせ始めた途端、毎日のように熱を出しては呼び出されている。
出発日が近づくに連れて、誰よりも不安マックスになっていたのは、何を隠そう自分自身だった。
不安を解消する方法はただ一つ
正直言うと、私にとっての産休・育休という期間は、想像していたような、母としての幸せを謳歌すべき日々とは限らなかった。おっぱいあげたばかりなのに、たくさん寝たはずなのに泣き止まない、わけのわからない赤ちゃんという生き物と対峙する毎日は、今までどんな苦悩だって自分の努力次第で必ず解決できてきた私の自信を根底から覆された。
遅まきながら、35歳というそれなりに会社で中堅を担う立場で、わが子を授かったことへの漠とした焦りもあった。そうしたハンデとはまるで無関係の夫を羨ましいと思ったりもした。産後鬱を引きずったまま、平日に子供と2人で太陽の下へ繰り出そうという気も起きず、夫の手がある土日だけが頼りだったと言ってもいい。
そんな私が、母子だけでイタリア行きを果たせるのだろうか。成田からボローニャにたどり着くまで、どんなトラブルが起きるのか、どんな不自由な状況に遭遇するのか、想像し始めたらキリがない。
このとりとめもない不安な気持ちを解消する方法はただ一つ。もう一切、なんにも考えずに出発日を迎えることであった。
旅の目的は、料理修行でお世話になった人たちを再訪する旅。言い換えると、暗に「子供はまだなの?」とプレッシャーをかけてくれていたマンマたちに、母になったことを証明しに行く旅である。