そのひとつは欧州中央銀行(ECB)がEU諸国の経済立て直しのため、大規模な量的緩和措置を実施すると表明したことだ。欧州中央銀行は米連邦準備制度や日銀の過ちを繰り返している。欧州中央銀行はEU諸国の国債を買い、それにより市中銀行の準備預金が積み上がり、市場調整金利は低水準に据え置かれることを期待している。通常ならば、マネタリーベースの伸びは高まり市中銀行の貸出も増えるだろう。昔であれば準備預金が1ユーロ増えれば、8~10ユーロの新規貸出を創出できたが、今はそうではない。
金利というのは、借主が支払う「借賃」であり、その「借賃」に統制がかかると市場は歪んでしまう。金利の抑制は世界の信用市場を著しく歪め、中堅中小企業が適切な条件で資金調達することがますます難しくなる。個人の世帯でも同様のことが言える。
もうひとつはあまり知られていないニュースであるが、欧州中央銀行が米準備制度の失敗政策(量的緩和)を踏襲するのと機を同じくして(連邦準備理事会が徐々に量的緩和を終わらせたことと、アメリカの雇用創出が改善したことは偶然ではない)、EU諸国の市中銀行の自己資本規制を強化するというニュースである。現在、自己資本規制を満たしている金融機関ですら自己資本を更に積み増すように求められている。
欧州中央銀行の手詰まりぶりには息が詰まる思いだが、金融機関はどのようにして自己資本を上積みするのか。株式売却、配当カット、貸出縮小などがあるが、当局はひらすら銀行のリスク資産の評価に専念している。歪んだ銀行検査によればポルトガルへの貸出は米アップルへの貸出よりリスクが低いということになる。政治的な思惑が絡まないビジネス、つまり殆どの民間ビジネスは被害を被るというわけだ。
この新たなタイプの量的緩和によって創出された準備預金の殆どは欧州中央銀行に滞留することになるだろう。更にひどいのは、この量的緩和により、欧州の政治家たちは、太り過ぎた公共セクターのリストラや、高い税率の切り下げ、労働市場の開放等、真の経済成長のために必要な自国の再建を行わない口実を得ることになることだ。
欧州経済は引き続き低迷するだろう。ギリシャの選挙が示しているように、経済問題は無残な政治論争へと発展している。反EU、移民排斥を掲げるフランスの極右政党、国民戦線(National Front)は多くの新支持者を獲得している。今年後半に総選挙が予定されているスペインでは急進左派が現政権に迫る勢いである。イギリスで5月に予定されている総選挙では、EUからの離脱の動きが本格化するだろう。
EUとユーロ通貨が崩壊すれば被害は甚大であり、1930年の世界恐慌以来の混沌が世界を襲うことになるかもしれない。
(より詳細は本記事執筆者、スティーブ・フォーブス(フォーブス編集長)の新刊「マネー:ドルの崩壊が世界経済に及ぼす影響―我々に何かできるか」に記載されています)