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2019.05.05

地方創生からアジアへ 林篤志が広げるクレイジーな構想

Next Commons Lab ファウンダー/Commons共同代表の林 篤志



拠点の立ち上げ前の現地視察では地元のキーパーソンと会い、課題やリソースを掘り起こす。リサーチを基にコンセプトを設定し、具体的なプロジェクトに進める。(NCL=写真)

きっかけは「土佐山アカデミー」

85年生まれの林は、豊田工業高等専門学校を卒業後、エンジニアとして会社員になったが「共感できる人と働きたい」と2年で退職。09年に東京で「自由大学」を共同設立した後、11年の東日本大震災を機に都内を離れ、高知県を拠点に「土佐山アカデミー」の立ち上げに携わった。 地域住民や林が「先生」となったプログラムを企画し、全国から若い受講生が集う。土佐山が気に入った受講生がそのまま移住者になることが狙いだった。

だが、林は気がつく。「確かに子供の数や、住民の数が増えたという成果はあり、可能性を感じました。一方で、地縁や血縁という旧来のコミュニティの価値観を超えて社会全体を変えることはなかなか難しい」

できたことは対症療法にすぎなかったのだ。パソコンで例えれば、既存のOSを部分的にアップデートしただけで、新しいOSをつくることができなかったのである。

地域おこしに携わる関係者なら知らない人はいない、と言われた土佐山アカデミーの経験は、林にとって一度構築された社会システムは変わらないという諦めと、再出発の契機として記憶された。

「社会は変わらない。だからビジョンに共 感できる社会、コミュニティを自分でつく ればいい。それが新しいOS になっていく」



事業家でも社会起業家でもない

「僕は事業家でも、社会起業家でもない。事業展開も売り上げも確かに大事だが、僕の活動のすべてではない」と林は語る。では、彼にとって大きな関心を占めているのは何か。林は、NCLを筆頭に自身が関わる活動のすべては「ポスト資本主義社 会のための社会実験」だと断言する。

「資本主義は単一の尺度しかない。新しい価値が必要だ」「同じ価値観を持った仲間たちが集い、独自の仮想通貨を発行し、コミュニティをつくる。それは新しい国家といってもいい」「モデルとして生活協同組 合に注目している」

自分たちの活動について、林が矢継ぎ早に語る言葉は、00年代前半に協同組合や地域通貨を軸に据えて資本主義、国家に対抗する「消費者運動」を打ち出した、評論家・柄谷行人の発想に近接しているようにも聞こえる。

「柄谷さんの著書は読んでいましたよ。ぶっ飛んでいてとても面白かった。おっしゃる通り、僕の考えはオリジナルだとは思っていません。過去にいろんな思想家が言ってきたことでもあります。例えば、僕が強い影響を受けているヨーゼフ・ボイス(ドイツの現代芸術家)。彼が提唱した『社会彫刻』という概念があります。みんなが芸術家で、社会を彫刻して作品をつくるという意味なんですが、そこには僕が今やりたいことが詰まっています」

とはいえ、林がクレイジーな目標を掲げながらも、彼が影響を受けてきた過去の理想主義者と決定的に異なるのは、「社会を変えることへの諦め」と「テクノロジー」という2点に集約できる。

まず林には、社会をドラスティックに変えたいという意志がない。前述の通り「社会なんて簡単には変わらない」というある種の諦めから、NCLが出発している。彼が起業家志望者向けの説明会などで多用する左の図「NCLが目指す社会構造」がある。国家、資本主義市場という中央 集約型のシステムと別のレイヤーにNCLと いうレイヤーを重ねる。NCLは参加するのも、離脱するのも自由。条件は「ビジョンに共感できること」、それだけだ。
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文=石戸 諭 写真=小田駿一

この記事は 「Forbes JAPAN 地方から生まれる「アウトサイダー経済」」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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