そう話すのは、日進工具株式会社代表取締役社長の後藤弘治氏。日進工具は「超硬小径エンドミル」という切削工具に特化したメーカー。そのシェア、国内トップを誇る。
従業員数330人ながら、直近の2019年3月期第3四半期決算では前年同期⽐10.1%増となる79億7785万円の売上高を記録。苦境からの脱却を模索する国内メーカーも多い中、2012年以降、右肩上がりの成長を続けている注目企業だ。
後藤氏の言う、“この商品”とは、同社の製品でもっとも細い「超微細加工用エンドミル“マイクロエッジ”」。0.01mmの刃径で、「髪の毛に文字が彫れる」というから、驚きだ。刃先は肉眼では見えないほど微細なため量産化が難しく、2019年時点で標準品として販売しているのは同社だけだ。
「もしオーダーを受けて作るなら、特注品扱いで10万円から20万円ほどかかるでしょう。けれども私たちは、明確なニーズがないところから開発をスタートし、技術を標準化させたので、1本数万円で提供できる。『この分野は日進工具にしかできない』と、半ば自己暗示のように信じてやってきたのです」
小型化にいち早く対応。大井町のメーカーがとった戦略
高度経済成長期に差しかかったばかりの1954(昭和29)年12月、工場が立ち並ぶ品川区南大井で創業した日進工具。後藤氏の祖父と父、そして社員一人のわずか三人ではじまった。メーカーの下請けとして、鉛筆削りの螺旋刃や切削工具などをつくっていたという。
順調に売上を伸ばしていった同社だったが、1986年に後藤氏が入社したころにはバブル景気へ突入していく。「当時、売上高16、17億円程度でしたが、積極的な設備投資もあり、ほぼ同額の借入金がありました。その矢先にバブルが崩壊。当然、銀行からの貸し渋り、貸し剥がしに遭い、債務超過に陥りました」
くしくも1990年には社長を務めていた父・進二氏が逝去、翌々年から叔父の勇氏が社長を務めることになったタイミングだった。なんとか借入金を返さなければいけない、利益も出さなくてはならない。
どうすればいいか。
そこで同社が目を付けたのが、1980年から生産をはじめていた「超硬ソリッドエンドミル」だった。超硬、つまり「超硬合金」は耐磨耗性に優れ、自動車部品や精密機器部品などを製造するための切削工具に使われる。
「当時、大中小さまざまなサイズのエンドミルを幅広くつくっていたのですが、同業他社は三菱や住友など財閥系の会社ばかり。グループ会社から素材を調達できるため、さまざまな素材を活用して、特に大径サイズのエンドミル開発に長けていた。けれども小径サイズなら、素材も超硬に絞ることができるし、大手もあまりつくっていない。それなら大径サイズを捨てて、潔く小径に注力しようと考えたのです」
超硬小径エンドミルは1991年当時、50億円規模 の市場だったが、同社はその先の可能性を見据えていた。「小さな車が人気となり、移動電話やビデオカメラなど、身の回りに小さな電化製品が増えはじめていました。小さな工具がなければ、小さな製品はつくれません。きっとこの小型化の流れはますます進んでいく、我々からどんどん超硬小径エンドミルを世の中に提案していくことにしたのです」
「どこまで小さいエンドミルを作れるのか」――。そんなシンプルな問いの答えを求め、1997年から本格的に開発をスタートし、最初に刃径0.05mmを、次に刃径0.03mmの開発に成功し、2005年ついに刃径0.01mmの「超微細加工用エンドミル“マイクロエッジ”」が完成した。その道のりはほぼ独走状態、ライバル会社も手を出さない領域だったという。
ニッチ市場は、育てるもの
そうやって完成させた超硬小径エンドミルだったが、当初は周囲の反応も冷ややかだった。
「ライバル会社さんからは『誰が使うの? 誰も使えないよ』と笑われました。使えないなら、使ってもらうための環境を整えればいい。セールスの役割は“モノを売る”というより、使い方を説明すること。結果、超硬小径エンドミルが使えるようになった顧客は、どの企業も見事に事業成長していきました。それこそ『世界トップレベルの加工技術』が実現するわけですから。我々はそれをサポートしながら、マーケットを広げていったのです」
他社に先駆けて超硬小径エンドミル市場に賭けた日進工具の狙いは的中。2018年時点で市場規模は約200億円となり、日進工具の業界シェアはトップクラスに。中でも特筆すべきは、自社売上のうち約75%を国内向けが占める点だ。
近年、多くの国内メーカーが製造拠点を海外へ移し、中国や台湾、韓国資本のメーカーも台頭するなか、依然として「超微細加工・高付加価値」分野の多くは日本国内の生産拠点にアドバンテージがあると後藤氏は話す。
「電子機器の組み立てや生産は海外拠点で行なっていても、電子部品のコア技術開発は非常に難易度が高く、それこそ100項目以上もの複合的な技術の積み重ねが必要なのです。『工作機械を買って、スイッチを押したらできる』レベルではなく、『さまざまな項目をクリアして精度を高めてやっとできる』レベルになると、まだ圧倒的に日本メーカーに強みがある。そこに我々の勝機があるんです」
エンドユーザーが日進工具の超硬小径エンドミルを直接目にすることはかなわないが、スマートフォンやタブレット、PC、あるいは自動車や医療、宇宙産業など、驚くほどその利用分野は多岐にわたっている。
この10年、20年で身の回りのあらゆるものが高度化・小型化したことを思い浮かべれば、その背景にコンマミリ単位の超硬小径エンドミルが活躍していたことにも納得がいくだろう。
「つくる」の先をつくる
けれどもなぜ、1991年時点で市場があるかもわからない小径エンドミルに可能性を見いだし、開発にかかる設備投資や人材投入に踏み切れたのだろうか。そんな率直な疑問に、後藤氏はこう答えた。
「0.01mmのエンドミルを作れるようになると、自分たちの加工技術向上につながるんですよ。他の企業が1mmのエンドミルをつくっているときに0.01mmを目指していると、その100倍の1mm径なんて簡単につくることができる。他社よりも加工精度の高い製品になります。そして時代が追いついてくるのを待つ。取引先から『この機械に合うエンドミルをつくってください』と言われるのを待つのでは、遅いんです」
そうやって「どこよりも早く、どこよりも小さいエンドミル」を開発した日進工具は、リーマンショックや東日本大震災など、日本経済を襲った荒波になんとか耐えぬき、大手電子部品メーカーや大手自動車メーカーなど、錚々たる企業の高度な超微細加工技術をまさに縁の下で支えている。
創業からちょうど50年経った2004年に無借金経営を達成し、同年11月にジャスダックへ上場。2017年3月東証2部、同年東証1部に上場と、この15年で加速度的に市場での存在感を高めてきた日進工具が今、見据える未来はどんなものだろうか。
「2016年に私たちは“『つくる』の先をつくる”というブランドステートメントを制定したのですが、世の中にないものをつくるには、それをつくるための道具がなければつくれないわけです。現実としていま、0.01mmよりも0.1mmのエンドミルのほうがよく使われていて、0.01mmをみんなが使えるレベルに達するには、あと10年はかかるでしょう。そのために必要な技術や環境を、取引先とも共同で開発しながら、我々は我々で工具のメーカーとして、マーケットが要求していないところまで供給を揃えていく。
『こんな工具ある?』と聞かれたときに、『はい、こんなのがありますよ』と差し出せる商品がなければ、新しいモノは生み出せない。それに応えるべく、増産体制の構築や設備投資、商品拡充や在庫確保など、当たり前のことをしっかりやっていきたいと思います」
自動車にもコンピュータやAIが搭載され、自動運転の実用化も夢物語でない時代。5G回線の配備が進み、さまざまな電子デバイスが軽量化・高度化して、住宅、家電などあらゆるものがIoT化する未来はすぐそばにある。5年、10年先の「未来をつくる」ためのエンドミルを、日進工具はもう既につくりはじめている。