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2019.02.28 11:00

ニコラス・ケイジが考える、世界が幸福になるための条件

ニコラス・ケイジ氏

昨年12月、東京芸術財団主催の「クリスマス絵画コンサート・ジュエリー・時計展示会!!」にゲストとして、ニコラス・ケイジが登場した。世界的映画俳優は、待望していた同財団代表の半田晴久氏との対面で、亡き父を思い出したという。


「尊敬する半田晴久先生に招待され、このような素晴らしいイベントに参加できるのはとても光栄です。半田先生は多くのチャリティ団体を運営され、生涯をかけて困難を抱えている人々に寄り添っています。その人格と精神は、世界中によい影響を与えています」
 
2018年12月20日、東京芸術財団が主催したイベント、『クリスマス絵画コンサート・ジュエリー・時計展示会! !』のゲストに招かれたニコラス・ケイジは、開口一番、半田氏の功績を讃えた。半田氏の活動は、ハリウッドのセレブの間でも広く知れわたっている。
 
ケイジのキャリアについて詳細な説明は必要ないだろう。1990年、デヴィッド・リンチ監督の代表作のひとつ、『ワイルド・アット・ハート』の主演に抜擢され、日本でも人気が爆発した。その5年後には、『リービング・ラスベガス』で若くしてオスカー像を手にし、演技派としての地位を不動のものにする。その後、ケイジは数々の大作、話題作で主演の大役を見事に務めるが、近年、出演作はずいぶん変わってきている。2010年代にはいると、とても世界を代表する大物俳優がオファーを承諾するとは思えない、B級テイストの作品に好んで出演するようにもなった。

それを訝しげな目で見たり、嘆いたりする評論家もいるが、本人はまったく気にしていないようだ。そもそも、この10年間で30作以上の映画に出演しているのだから、それだけでもこの俳優がいかに稀有な才能をもっているかがうかがい知れる。

また、ケイジはハリウッド的価値観で物事を捉えていないので、興行成績や賞レースによって俳優の価値が決まるとは考えていない。映画作品にメジャーもマイナーもないという、表現者としての信条をもっている。

ケイジにとっては、メジャー映画に出演するよりも、演者として何ができるかのほうが重要なのだ。実際、『コン・エアー』や『ザ・ロック』といったメガヒット映画のケイジよりも、『マッド・ダディ』や『オレの獲物はビンラディン』、『ゴーストライダー』など、B級テイスト映画のケイジの演技を評価する声も少なくない。半田氏もそのひとりだ。

超一流は、努力を語らない

半田氏は、600年の歴史をもつ能楽を引き合いに出し、「どんな役にでもなれる世界の名優」とケイジを讃えている。その真意は、ほかの何かに化身するには、つまらない自我がなく、役に徹する努力を要するが、その努力を少しも感じさせないところに、ケイジの俳優としてのすごみがあると言いたいのだろう。

能楽の大成者である世阿弥は、芸を「花」にたとえ、「時分の花」は少年期に自然に咲くが、壮年期、老年期には、演能で一回一回、「まことの花」を咲かせなければならないと、弟子に対し説いた。作品ごとに、新たな役に徹して「花」を咲かせるケイジを、能楽の視点で半田氏は評価しているのだ。

「映画出演のオファーを頂いたとき、自分が演じる人物が、私のイマジネーションや過去の記憶、人生経験とシンクロし、少しでも共通項を見出せるかどうかを重視しています。その役柄を、その時点の自分の実力で演じ切れるか。そういう意味でいえば、90年代に出演したアクション大作は、むしろ無謀なチャレンジだったのかもしれません」
 
ケイジの俳優としてのキャリアは、挑戦の連続である。そのなかで多くの才能と出会い、芸を磨いてきた。

「メリル・ストリープやショーン・コネリーといった超一流の俳優と共演すると、新鮮な刺激を受けるものです。ジョン・ヴォイトからは、映画は個の力ではなく、チームでつくり上げていくものだという姿勢を学びました。現在の私は、誰と一緒に仕事をするのかといった点にもこだわっています」
 
そんなケイジの人生観に大きな影響を与えた人物がいる。

「亡き父の存在が何より大きかったのだと思います。私の父、オーガストは長きにわたり大学教授を務め、作家活動にも精力的に取り組んできました。あらゆる国の文化に精通していましたが、実はそのなかでも日本に対して並々ならぬ関心を抱いたようです。少年時代の私は、父の強い勧めで、『五輪書』や『葉隠』といった古典、『用心棒』『七人の侍』『羅生門』などの黒澤明監督の映画に触れて育ちました。いまでも、私のヒーローは宮本武蔵であり、三船敏郎です」
 
ケイジの父、オーガスト・コッポラは、たいへんな親日家で、カリフォルニアの日本人学校に一時期、ケイジを通わせていたほど。ケイジにとっても他国の文化に触れるのはとても楽しかったらしく、LAのダウンタウンにある「リトルTOKYO」が最高の遊び場だった。大好きな日本のアニメ『マジンガーZ』や『勇者ライディーン』のフィギュアを買い集めていたという。

オーガストの5歳年下の弟で、後世に名を残す映画監督のひとり、フランシス・フォード・コッポラも兄の影響を受けて、日本贔屓になったようだ。ちなみにフランシスと黒澤には、深い親交があったのは有名な話だ。

「叔父が自宅に来たときには、『座頭市』の市の殺陣を真似して、私を喜ばせてくれました」

フランシスの作品には、『ゴッドファーザー』を筆頭に、家族や兄弟の絆を題材にした作品が多い。兄、オーガストとの思い出からインスピレーションを受けて生まれた作品も、ひとつやふたつではない。

青春映画の傑作、『ランブル・フィッシュ』は最愛の兄に捧げた作品である。コッポラ一族は、ケイジや、フランシスの娘、ソフィアのように個性的で、豊かな才能をもつアーティストが多いが、さまざまな国の文化に触れ、それを尊重したオーガストの教えが大きいといえる。

半田晴久とオーガスト・コッポラの共通点

「その父と半田先生は、性格から考え方までとてもよく似ている」とケイジは言う。

「半田先生も父も教育者であり、世界の文学や芸術に精通し、スポーツを愛しています。しかし、世の中には簡単にはそれらに親しめない人たちもいるのです。例えば、目が不自由な人がそうでしょう。ふたりはこうした境遇に置かれた人たちへの思い入れが人一倍強い。半田先生は、スポーツを通して人と人とのつながりを大切にしてほしいという思いから、世界ブラインドゴルフ協会を設立しました。いまや16カ国で運営されています。私の父、オーガストは、目の不自由な人にも芸術を体感してもらいたいという思いから、暗闇の中、触感だけで作品を鑑賞する美術館をカリフォルニアに建てました。私には、半田先生が父と重なって見えるのです」


2018年12月20日、東京芸術財団の主催で行われた「クリスマス絵画コンサート・ジュエリー・時計展示会!!」にて対談を行ったニコラス・ケイジ(右)と半田晴久氏(中)。 
オーガストは、目が不自由な人の感覚をつかもうと、3カ月の間、目隠しをしながら日常生活を送ったという。サンフランシスコで最も有名な博物館、「エクスプロトリアム」の施設にある、「タクティルドーム(TactileDome)」は、オーガストの創造の賜物である。

「私が言いたいのは、同情心だけではこのような社会貢献はできないということです。半田先生も父も障害を抱えた人物に対し、まず、そのことを理解しようと努める。ただチャリティに参加するのではなく、活動そのものを重視しています。彼らと過ごすことで、お互いに人生の意義を見出そうとしているのです。この関係は、対等でもあるのです。ボランティア活動だけでなく、もし、すべての人が多様性を感受し、それを認める社会になれば、どれだけ世界は幸福になるでしょう。私は、そのことを半田先生や父から学びました」
 
オーガストから受け継がれた精神が、ケイジの俳優としてのキャリアをつくっているといえそうだ。もし、ケイジが自分のメリットだけを考える俳優であれば、彼の出演作は大作だらけになっても不思議ではない。

「それほど虚しいことはありません。社会が多様化していくなかで、映画俳優が演じる人物の心は非常に複雑化しているのです。私は、善人であれ、悪人であれ、そうした人物を演じたいのです」
 
18年に日本でも公開された、『マンディ~地獄のロード・ウォリアー』は、ケイジの出演作のなかでも、その演技力が最も評価された作品のひとつである。復讐に燃える主人公が次第に狂気に目覚めていく過程は、相当な演技力がなければ説得力をもたない。

この作品でメガフォンをとったのは世界で熱い視線を注がれる映画監督のひとり、パノス・コスマトスだ。ケイジは、園子温監督の次回作に出演するが、そのオファーを受けるよう強く勧めたのが、園の才能を誰よりも評価するコスマトスだったという。

トークショーのなかで、「園監督との仕事にとてもエキサイトしています」と半田氏に伝えたときのケイジの表情は、まるで父親にその喜びを伝える子どものような無邪気な笑顔だった。


ニコラス・ケイジ◎1964年生まれ、米・カリフォルニア州ロングビーチ出身。本名はニコラス・キム・コッポラ。映画監督フランシス・フォード・コッポラを叔父、女優のタリア・シャイアを叔母にもつ芸能一家に育つ。名門アメリカン・コンサバトリー・シアターに参加し、さまざまな舞台を経験後に、82年『初体験/リッジモント・ハイ』でデビュー。95年『リービング・ラスベガス』でアカデミー主演男優賞を受賞。『ザ・ロック』『コン・エアー』『60 セカンズ』『マンディ~地獄のロード・ウォリアー』など多数の作品に出演している。

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Promoted by ミスズ / text by Hiroshi Shinohara / photograph by Jin Tamura / edit by Akio Takashiro

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