アジアの波打ち際から


──台北での生活。普段は何をしていますか?

大学で企業管理(経営学)を専攻し経済、会計、統計、マーケティングなどを学んでいます。私の学部では教科書は英語、授業は中国語、テストは英語です。アルバイトの他に「美らすい」の活動を頑張ろうと仲間で集まっています。沖縄から台湾を訪れる団体があればその手伝いをすることもあります。「美らすい」が今一番楽しくて。

「美らすい」は、同じく台湾進学した高校の先輩らと17年に立ち上げました。18年に2度、沖縄県で講演会を開きました。自分で出来る大学入学申請の方法などを紹介しました。

2度目の講演会後、留学関連以外にも発信できることがあると思いました。実際に訪れた場所について自分たちの目線で伝え、台湾のことを発信していこうと。

19年2月には沖縄県内で交流会を計画しています。台湾の人にも参加してもらい、自分たちが撮った写真や実際に台湾から持ってきたモノで台湾を紹介するイベントにしたいです。公民館とかで、大人から子どもまで触れ合いながら文化交流ができたらなと思ってます。


(沖縄から訪れた団体の前で自己紹介する沙也加さん=2018年11月、台北)

──台湾のことを伝える場を沖縄で作りたいと思ったのはなぜですか?

私たちが台湾進学を考えていたときは情報収集に苦労しました。進路指導の先生も『台湾の大学に行ってどんな人生を歩むのか。模範になる人や先輩はいるのか?センター試験を受けなさい』という感じで。どうしたらいいのか分からない気持ちが強かったんです。

その経験から、インターネット上で私たちの普段の生活を公開し『こういう方法もあるよ』と、まずは知ってもらいたくて始めました。

先輩らに連れていってもらったイベントなどで、台湾と沖縄は関わりがとても深いことを知りました。今は私にとって台湾は『沖縄から近い離島』のような感覚が強いです。ごはんも似てると思うことがあります。前は『外国』という意識がありましたが、今はあまりなくなりました。

今、観光で沖縄を訪れる台湾人、中国人がとても多いです。『あ、来てるな』と思うだけのこともありますが、私は文化交流ができたらいいと思います。

沖縄の特産品の中には、例えばパイナップルのように何十年も前に台湾から持ち込まれて発展したものがあります。そういう流れの上に、今の私たちがいるということに気づく価値があると思うんです。

インタビュー後、沙也加さんがスマートフォンで動画ニュースを見せてくれた。年々増加する沖縄県からの留学生の姿を追った台湾の報道番組だった。ニュースの中で沙也加さんは中国語でインタビューに応じていた。

高校卒業後、台湾に渡るまでの数カ月間、沙也加さんは那覇市新都心の免税店で中国語を生かしたアルバイトをしていたという。実家から最寄りの大都会が「外国」という沖縄県ならではの現実。ここにアジアとの近さが生むまぶしい光が差し込んでいるように感じた。

文=李真煕

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