ミニマルアートの彫刻作品のようなソリッドな佇まいが生み出す、「魔法」のようなアンビエンスと未知の音環境。バング&オルフセンを愛用する小山薫堂と、360度スピーカー「Beosound 2」が創出する価値を考える。
瞬間、その場にいた者は誰もが、空気が一変したことに気づいていた。この情感は1秒前と明らかに違う。レンズの曇りが消え、心象の解像度が極まるような感覚。音楽は物理学では空気の振動に過ぎないが、私たちが実感している気分はどう説明すればよいのか。しかも、その音は耳元を通り過ぎるのではなく、人を包み込むように空間を満たしていた。
SF映画の宇宙からの贈り物のような、円錐形の金属塊のスリットに灯る小さなブルーの光点。その光が消滅して、私たちは、その空気を「デザイン」していたのは、バング&オルフセン(B&O)のスピーカー「Beosound 2」だったことを知る。
「『Beosound 2』はこんなにコンパクトなのに、音はその場の空気を音速でマスキングし、雰囲気を一瞬で変える『クリアなスモーク』のよう。冬の朝の清冽な響きを連想しました」。放送作家・脚本家で、オレンジ・アンド・パートナーズ代表の小山薫堂は、「Beosound 2」の音の第一印象をこう語る。曰く「響きは、心をデザインする」。
「バスや電車で移動中、好きな音楽をヘッドホンで聴くだけで、何でもない見慣れた風景がドラマチックに見えることがありますよね。僕はラジオの世界から仕事をスタートしたので、いまも音を大切に考えているし、音が発想の原点です。脚本を書くときは音楽を先に決めて、この音楽に合うシーンをどうつくるかを考えますからね」
音楽には色も形もないが、人の心を揺さぶり、感情のスイッチを入れることも切ることもできる。原稿や脚本を書くときは必ず音楽を聴いているし、空間づくりでも、最初にスピーカー位置を決め、それに合わせてレイアウトを考える。
小山にとってサウンドスケープとは、ランドスケープより重要なもの。京都の自邸のバスルームには、木製フロントパネルのディテールが美しいハイエンドモデルのスピーカー「Beolab 18」が置かれているが、開口部の2本の縦桟は、このバーチカル型デバイスの設置場所に調和するよう設計されている。
「Beolab 18」で音楽を聴くために設計された、小山薫堂邸のバスルーム。写真:笹の倉舎/笹倉洋平「お風呂が好きなので、そこには自分が好きなものを集めたい。『Beolab 18』は、デザインも音もいちばん好きなスピーカー。風呂に置くならこれしかない。姿がただ美しいだけでなく、音で美しい雰囲気をつくるための家具だと思います」
小山が音源デバイスとして最初に購入したB&O製品は、CD&カセットプレイヤー、ラジオ、スピーカーが一体化したモジュラー型ステレオの名品「Beosystem 2500」。以後、スピーカー、ヘッドフォン、テレビなどのB&O 製品が、小山のサウンドスケープを広げていった。
「最初の『Beosystem 2500』は、プロダクトデザインとしての美しさはもちろん、こんなにエロティックで艶のある音をなぜ奏でられるのか、と驚いたことを思い出します。オーディオを買うというより家具を買う感覚に近いですね。
B&Oには、音やフォルムだけでなく、企業の哲学を含めた美しさを感じます。その美しさも何かの犠牲の上に成立しているものではなく、ハイクオリティも同時に実現している。そこにあるだけで美しくて、音も美しい。どうすれば、こんなプロダクツが生まれるのか不思議なほどです」
「Beosound 2」を和室に置きたい 小山には、仕事する上で自分自身に投げる三つの問いがある。「それは何か新しいか。自分にとって楽しいか。そして誰を幸せにするのか。このうち、ひとつでも答えを見いだせるなら、その仕事には価値がある。そう考えて引き受けることにしています。また、仕事だけでなく、普段から意識しているのは、幸福価値をどう創造できるかということ」。
自身にとっての幸福とは、誰かが幸せそうにしていること。あるミーティングの終わりに、スタッフのバースデイを祝う歌が、突然、会議室に響き、居合わせた誰もが幸せな気分になる。自身がアンプリファイアとなり、他者が幸福になる響きをつくりだす。それは冒頭に紹介した「Beosound 2」が創出する音体験にも重なる。
最後に「Beosound 2」を置くなら、どんな場所かを尋ねてみた。「和室ですね。和室に合うスピーカーはなかなかないけれど、『Beosound 2』は床の間に置いても違和感はない。ソリッドな質感と孤高の美しさは、和の室礼にも馴染むと思います。音を鳴らしたときのサプライズもいいですよね」。
360度に音が広がる「Beosound 2」は、音源の指向性に意識がとらわれず、均一な音環境で庭の水音や畳を擦る音を感じながら、穏やかな和の時を過ごすことができる。室内に満ちた音はやがて、細雪が地面に消えるように、畳表で微かな熱エネルギーに変換されて消失する。デンマーク名門メーカーの生まれなのに、和室にも調和するデバイスだ。
ワイヤレス360度スピーカー「Beosound 2」
至高のサウンドが空間全体に広がり、全身を包み込む。しかも、 Googleアシスタントを搭載。電話やスマートホームの操作も可能。 もちろん、音楽再生中でも指示を聞き分ける。Googleアシスタント搭載機種の仕様は、アルミニウム、ブラストーン、ブロンズ(現定色)の3色。¥295,000(税抜)。「Beosound 2」の電源を再びオンにして、アルミから削り出した継ぎ目のないエンクロージャを眺める小山。
「これまで、スマートスピーカーには魅力を感じなかったけれど、『Beosound 2』にGoogleアシスタント機能が搭載されているなら、ぜひ使ってみたいですね」
iPhoneに保存している音楽ファイルを選び、AirPlay 2で曲をストリーミングすると、映画「Man on Fire(邦題・マイ・ボディガード)の挿入歌にもなったヌエバ・トローバ「Una palabra」を歌うカルロス・バレーラの声が響き始める。
小山は昭和後期を代表する名優に、彼に演じてほしい物語のプロットを送ったことがある。「その時に、ある曲を一緒に渡し、これを聴きながらプロットを読んでほしいとお願いしました」。
前述の通り、音楽を決めて脚本を書く小山にとって自然なことが、その映画俳優の琴線に触れる。逆に「この曲に合うシーンをつくってほしい」と手渡されたアルバムに「Una Pa labra」は収録されていた。しかし孤高の映画俳優は83歳で泉下の客となる。二人のレゾナンスは、作品化されることはなかったが、今日も空気を震わせ、音楽となり心を揺さぶり続ける。
小山薫堂◎1964年熊本県生まれ。日本大学芸術学部在籍中に放送作家として活動を開始。テレビ番組での代表作に、「カノッサの屈辱」「料理の鉄人」など。脚本を手掛けた映画「おくりびと」は、第81回米アカデミー賞外国語映画賞、第32回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。N35inc、オレンジ・アンド・パートナーズ代表取締役社長。
バング&オルフセン
https://www.bang-olufsen.com