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2019.01.07

社長報酬は従業員の300倍? 日産事件に見る「カリスマ」の値段

カルロス・ゴーン(2017年撮影、Getty Images)


1978年から2017年までのおよそ40年間に、勤労者の受け取る報酬が11%しか伸びていないのに、ストックオプションを加えたCEO報酬は1000%、10倍以上に拡大しているのだ。年間成長率で見れば、一般勤労者の報酬が毎年0.3%の微増にとどまったのに、トップ報酬はコンスタントに3割近いインフレを続けてきたことになる。

これは、景気や企業業績や株価のトレンドと比べても、説明がつかない。CEO報酬だけが突出して上昇しているのだ。

なぜか──。

高額報酬の背景のひとつには、「カリスマ信仰」がある。企業の命運を分ける特別な人には特別な報酬が与えられて当然だ、という考え方だ。国境を超えた買収でグローバル企業の規模が大きくなるに伴い、そのCEOらのスター性もその報酬も、上方スパイラルを続けてきた。

「カリスマ」とは、もともと天からの贈り物を意味する宗教的な言葉だ。凡人にはない特別なギフト、天与の才能のことを指す。20世紀初頭の社会学者のマックス・ウェーバーは、カリスマは「奇跡」を起こす人だとも言った。

最近では企業の事業計画も単なる「プラン」とは呼ばれず、「ミッション」とか「ビジョン」 など、本来宗教的な言葉が多用される。カリスマCEOには短期間で業績をV字回復させたり、一気に業界ポジションを向上させるなど、手をかざして病人を治す救世主のマジックのような大きな変革が期待されるようになったのだ。

1999年にルノーと資本提携した瀕死の日産に送り込まれ、3カ月で「リバイバルプラン」を作成し、翌年に仰天の黒字転換を果たしたゴーン前会長は、この点ではまさにカリスマと呼ばれる資格十分であっただろう。


(Getty Images)

しかし、カリスマとは何なのか。カリスマの実際の能力がいかにあやふやなものかということを、カリスマという言葉を広めたウェーバー自身が指摘している。カリスマCEOらの値段が、実際には実力とかけ離れて値上がりしてきた事実も否めない。

欧米では、人材とは外から買ってくるものだという考え方が強く、CEO報酬も自社内での比較ではなく、市場や類似企業のトップ報酬の平均値などの「ベンチマーク」を基準に決定されることが多い。

但し、ある元CEOが著した「The CEO Pay machine(CEOの報酬マシーン、日本語未訳)」によると、ベンチマークを使う際、「平均より下」の水準に合わせるのではなく「平均より上」の方に合わせる企業が圧倒的に多いという。「平均より下」に合わせたのでは、自らをダメ企業と認めてしまうようで体裁が悪いし、人材を逃してしまってはいけないということらしい。

こうしてどの企業のCEOも「平均より上」に自らを合わせているうち、世の中全体のCEO報酬が高い方にどんどんつり上がってしまった。香りつきのロウソクを売る年商8億ドルの「ヤンキーキャンドル」が、売上が50倍大きいオラクルをベンチマークにしてCEO報酬を決めていた、という呆れた例もある。

CEO報酬の膨張のもう一つの要因は、ストックオプションを中心とした「成功報酬」の増加だ。これには政府政策の抜け穴もある。1993年に「ピープル・ファースト」のスローガンを掲げたクリントン政権下で、100万ドルを超える役員給与については、企業の税控除が認められないことになった。

一見格差是正につながる政策のように見えるが、実はこの時、「成功報酬」については税控除の上限なしとされてしまったのだ。これ以降CEOらの役員報酬にストックオプションを採用する企業が急激に増えた。ゴーン容疑者のケースでも、過少申告とされた金額には多くの株価連動型報酬が含まれる。
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文=小出フィッシャー美奈

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