インディアナ州コロンバスにあるディーゼル・エンジンメーカー「カミンズ」は、時代の風潮に逆行しながらも、自社の「企業哲学」を信じて世界的な企業へと成長した。
企業の使命とは? 社会貢献と利潤の追求は両立しないのか?その答えのヒントは、カミンズの成功にあるかもしれない。
(中略)クレッシー・カミンズという機械工と、アーウィン・ミラーの大叔父だったウィリアム・グラントン・アーウィンという資本家が、1919年にカミンズを創業して以来、同社はコロンバス市民の生活の中心になった。機械をいじり回すのが好きだったクレッシーは、エンジン技術の将来性に目を付けた最初の一人で、29年にアメリカ初のディーゼル・エンジン搭載自動車を作り上げた。
それからほぼ1 世紀、カミンズはトラック向けディーゼル・エンジンと関連部品の世界最大のサプライヤーに成長し、2013年には売り上げ170億ドル、純利益15億ドルを計上した。販売の半分以上は、中国とインドを中心とする海外で行われている。
ビジネスと芸術を解した伝説のCEO
ミラーの先見の明は、1950年代に確立された。コロンバスはベビーブームと歩調を合わせるために、2年ごとに新しい学校を建てる必要があると考えていた。カミンズが順調に成長していることもあり、ミラーはそれらの学校もきちんとしたものにしたかった。学校がみすぼらしい地域には、一流のエンジニアとその家族が集まらないと懸念したからだ。彼は先頭に立って、人材を集めるのに必要な地域開発を進めた。ミラーの息子で、ニューヨークの教育団体「ウォレス財団」で会長を務めるウィルによると、ミラーはしばしば「中途半端なことをすれば、かえって高くつく」と語っていたそうだ。
そこでミラーは、公立学校の建設に補助金を出す際、会社の資金を用いた。そして、自分の好みにまかせて街そのものを変えたのだ。彼が推薦する世界の一流建築家を起用する場合に限り、カミンズ財団は市の設計関連費用を負担すると申し出たのだ。やがて、これは消防署や裁判所、市役所、果ては刑務所も含めたすべての公共施設を対象とするようになった。
今日、コロンバスにはI・M・ペイやエーロ・サーリネン、シーザー・ペリなどの有名建築家が設計した60以上の近代的ビルが残されている。そのうち6棟は、2000年に国指定の歴史建造物に指定された。1957年来、カミンズはコロンバス市内の建物の建築費用として1,920万ドルを支出している。
牧師の家庭に生まれたミラーは、社会正義と、他者に奉仕すべしという個人的信条を自身の経営における指針としてきた。63年、ミラーは、キリスト教会全国協議会初の非聖職者の指導者として、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアとともにワシントンで歴史的な公民権デモ行進を組織した。
1970年代、カミンズは南アフリカ政府のアパルトヘイト政策に従わないことに決めた。同社は業績面での大打撃を承知で、20%のシェアを持つ同国のディーゼル・エンジン市場から撤退した。1999年以降、同社は従業員の同性カップルに異性の夫婦並みの権利を与えている。同社は、同性婚を合法化するロビー活動も行っている。「この世界で何をしようと、私たちには自分ができる最善の方法でそれを成し遂げる責任と権利がある」と、2004年に逝去したミラーは社員向けの動画のなかで語っている。「建築や料理、ドラマあるいは音楽など何であっても、最高のものは誰にとってもよすぎるということは決してない」
長期にわたる株式市場の高騰と、持ち株制度で従業員を動機付ける企業文化が台頭するようになると、「企業は経営陣や従業員のためではなく、株主のために運営されるもの」という考え方が主流となった。さまざまな利害関係者で構成される「企業城下町」の考え方は、すでに過去のものになりつつある。
「グローバル化」と「ローカル愛」のはざまで
それでも、カミンズは従来の考え方を守り抜いた。そして、同社の事業が世界各地で展開されるにつれ、ミラーの考え方も世界中に広まっている。例えば、同社はインドで機械工学の学位を持つ女性エンジニアを教育するための「カミンズ女子工業大学」を創立した。
初年度の卒業生65人のうち、40人がカミンズから採用通知を受け取った。ラインバーガーは、この大学全体にかかる費用はアメリカの大学でひとつの寄付講座を提供するよりも安いと明かす。そのうえ、しっかりとした教育を受けた、多様な人材の確保という重要な企業ニーズを満たしているとも語る。
カミンズは、コロンバスでは教育機関や行政、他の企業と協力し、大学の卒業率の増加と経済成長の促進に取り組んだ。近隣の大学3校にコロンバス校を開設するように説得し、地元の高校や大学が製造業界を目指す学生を指導するための「先端製造研究拠点」を設立した。
2008年にはコロンバスの高校卒業率は、全国平均75%を若干上回る80%程度を行き来していた。そこで、カミンズは落第するおそれのある学生を指導するために、大勢のボランティア教師を組織した。すると、12年には卒業率が88%にまで向上した。ちなみにカミンズによると、同社の世界総従業員48,000人の73%が、自分たちの地域社会でボランティア活動に従事している。
この「社会改良主義」は、全体でどのくらいのコストがかかるのだろう?
2012年、カミンズは企業の社会的責任関連で約3,100万ドルを投資した。これにはカミンズ財団への1,400万ドルも含まれており、同財団はそのうち、800万ドルを助成金として拠出している。
このような支出の恩恵を正確な数字で示すのは不可能だが、コスト的には大した負担ではない。カミンズは不況の影響を受けたにもかかわらず、2000年代を通じてほとんどの時期に力強い成長を続けたからだ。売り上げは2007年以降25%減の108億ドルにまで落ち込んだ時期もあったが、2010年には180億ドルまで回復した。もっとも、過去3年間は、主要な海外市場での需要が軟調だったため、売り上げも173億ドルと伸び悩んでいる。
こうした逆風にもかかわらず、13年、カミンズは最高額の営業キャッシュフローを記録した。これにより、同社は新規事業や社会事業への投資を続けることが可能になった。しかも、同年度の株主配当金を34%増やすこともできた。今年度について同社は、4~8%の売り上げ増とコスト削減策などの効果もあって、前年度を上回る収益増を見込んでいる。
ラインバーガーCEOは、同社が「営業活動キャッシュフローの約半分を株主に還元する予定だ」と語る。株価は09年より400%、つまりS&P500の4倍も上昇し、現在は1株145ドルにつけている。時価総額は、いまや270億ドルにも上る。
(以下略、)